第40話 クリーピーの憂鬱

??時??分 奴隷販売所・執務室


「ぷふー・・・しかし、この街は暑いでふな・・・。」


 革張りの2人用ソファに座りながら、舌を出している男。彼は名をクリーピーと言う帝国諜報局の人間だ。なぜ彼のように身体能力が明らかに低い男が諜報局のようなポストについているのかは、彼と彼の上司のほんの数人の者しかその理由を知らない。

 パタパタと扇子を扇いではいるものの、正に焼け石に水といった感じで、彼のかいた汗が革張りのソファの上に水たまりのように溜まってしまっている。

 

 コンコン


 ふと、そんな彼がいる執務室のドアがノックされた。


「失礼します、クリーピー様いらっしゃいますでしょうか?」


 執務室には彼一人だけだ、面倒くさいから本当は声も上げたくないのだが仕方がない、彼は重苦しいため息を一つつくとそのドアの向こうにいる人物に答えた。


「はいりぇ。」


 入ってきたのは奴隷販売所の職員のモルドだった、ドアを開けるなり顔をしかめられる、クリーピーがかいた汗が蒸発したおかげでむわっとした空気のせいだろう。

 

「クリーピー様、研究所に派遣されていた者たちから報告が上がっております。」


 この奴隷販売所には帝国謹製の連絡石が一つ置いてある、それを使い現地から調査団がここまで報告を上げてきたのだろう。


「おお、早かったな、聞かせてもりゃおう。まぁ座れ・・・。」

「はっ。」

「いや、ちょっと待て、冷たい飲み物を持ってきてくりぇ、暑くてたまらん。」

「はぁ・・・。」


 職員がこの街では貴重なコップに入った冷たい水を二人分持ってきた。机に置かれるとすかさず、クリーピーがその一つをつかみ飲み干す。


「ぷひゃー生き返る! それじゃあ聞こうか。」

「はい、調査団からの報告によれば研究所があった場所には研究所の残骸と思われるがれきがあったそうです。」

「ふむふむ。」


 今朝のあの人さらいの報告と合致している。

 聞きながらもう一つのコップをつかむ。


「あっ。」

「なんだゃ?」

「いえ・・・なんでも。」


 モルドは一瞬面白くなさそうな顔をしたが、なんとか真顔に戻り報告をつづける。クリーピーはその報告を聞きながら水を飲み干していく。


「残骸の中にはそれぞれ門番のケインズという男と、研究所所長のピケット氏、以上2名分の死体と倒壊に巻き込まれたとみられる実験用のモンスターの死体が多数あったそうで、検分によるとケインズはガレキに押しつぶされたことによる圧死。ピケット氏は小規模な爆発による爆死、また死ぬ前にガレキによって体が押しつぶされた形跡があるそうです。」

「ぷふー・・・。ん? ちょっと待て。死に方も妙だが、死体は本当にその二人分しかなかったにょか? 確かあの研究所にはアラクネが捕らえられていたはずだ、それからあの人さらいが引き渡したというエルフはどうした?」

「わかりませんが、確認された死体はその二人分だけだそうです。」


 おかしい、ひょっとしたらアラクネの方は実験用モンスターと一緒くたにされてしまったのかもしれないが、エルフの死体がないとはどういうことだ? 混乱に乗じて逃げたのだろうか・・・?


「ふーむ・・・、わかった。報告はー以上か?」

「いえ、実は研究所・・・今は跡地ですが、その周辺でおかしな形跡が見つかったようでして。」

「なんだゃ? 言ってみりょ。」

「はっ、なんでも研究所周辺に大量の血痕や陥没した地形が残っていたそうです。恐らく破滅級巨大モンスターが争ったものではないかということです・・・ただ、付近には巨大モンスターの死体が全く残っていなかったとのことです。」


 破滅級巨大モンスター同士の争い・・・もし付近に大きな街があれば、壊滅していたことだろう。

 しかし、これも妙だ。確かに研究所に近い砂漠にはそのようなモンスターがはびこる危険地帯があったが、研究所に危険が及ばないように認識阻害系の結界が張ってあったはずだ。


 もう一度あの人さらいに話を聞いてみるべきかもしれないと、クリーピーは思った。

「んふ、わかったご苦労だ、ちょっとあの人さらいの家に行って何があったかもう一度詳しくみるとしよう。」

「はっ。」

「あ、そうだ、一つ聞きたいんだが・・・。」


??時??分 マンティスの屋敷


「うーん、いないのか・・・。」


 先ほどから何度もドアをノックしているがあの人さらいが出てくる様子はない、ただ庭にカバクダ(移動用モンスター)がつないであるからこの街の外には出ていないようだ。


 モルドに聞いたあの人さらいが良くいくという店によって、それでも見つからなければまた後で来よう。


 この暑さの中外に出るのではなかったと後悔しながらも、クリーピーは踵を返しその場所に向かったのだった。


 そこは王都にあるものと比べるとかなりこじんまりとした店だった、店先に「道具屋 ピーターパン」と書かれた看板がぶら下がっている、恐らく日用品や汎用品がメインの店なのだろう。


 扉についていた鐘をチリンチリンと鳴らしながら店内に入っていくと猫耳を付けたケットシー族の中年女性が床の掃除をしていた。


「あら、いらっしゃい。もう今日は閉めようと思ってたんだけどねぇ・・・、まぁいいさ、見てっておくれ。」


 クリーピーに商品を見てくるよう勧めてくるが、生憎彼は買い物に来たわけではない。


「いや、すまんが今日は人を探していてなぁ、ちょっと聞きたいんだゃが・・・。」

「お! あんたもかい! やっぱり気になるわよね~。」


 中年女性はクリーピーがまだ何も聞いていないというのにすごい勢いで食いついてきた。


「なんだゃ? おりゃの他にもマンティスを探している奴がいるのか?」

「マンティスさん? なーんだ、そっちかい。マンティスさんなら数日前から来てないよ。」


 中年女性はあからさまに期待はずれと言う感じの顔をしてクリーピーに言い放つ。せっかく外に探しに来たというのに徒労に終わったことに肩を落とすクリーピー。

 しかしさっきこの女性が言いかけたことも気になる。ついでに聞いてみることにした。


「おばちゃん、ちゅいでに聞きたいんだけど、マンティスじゃないならさっきは誰について言いかけたんだゃ?」

「え~? どうしよっかなぁ、でも一応口止めされてるしなぁ~。」

 自分から吹っかけてきたくせになんなんだこの女は。


「じゃあ、おりぇの他に人探しに来たってやちゅのことを教えてもりゃえるか。」

「あーそれならいいわ、教えてあげる。えっとエルフとアラクネ、それからオーガみんなかわいい女の子だったわ。」

「なんだって!?」


 それを聞いたクリーピーは女性に詰め寄った。


「そいつらがどこに行ったのか教えるにょだ! 今しゅぐ!」

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