第29話 離反

 そこは床が六角形の形をしており、天井は高く、部屋の広さもそれなりに大きな印象を受ける場所だった。

 しかし、それでも狭く感じるのは中央に安置されている大きな箱のような構造物のせいだろう。一見すると何の変哲もない四角く白い小屋のように見えるのだが、その四辺の一面にある扉は古めかしくも見事な装飾が施されており、中央には荘厳な剣を象ったと思われる紋章が彫られている。

 手前には何に使うのかはわからないが、四角柱の石柱が置かれている。


「え? これで終わりですか?」

「絶対ぼったくりよ! あの犬耳のやつ~!」


 ルリが俺の身体を引き伸ばしながら悪態をついている。 

 ごまかしたいのはわかるけど何かに当たるのはやめようか、俺の身体はエキスパンダーじゃないんだ。

 でも確かにこれで1000エンスはかなり高い気がする。さっき道具屋で買ったナイフが1本で400エンスだったし。観光価格だとしてもぼり過ぎだろう。


「この剣の紋章は何を意味しているんだ?」

「剣は力の象徴・・・ツマリこの先に試練があると示唆しているのだロウ。」

「なるほど、でもわざわざ試練を超えてからエルを救いに行こうとしていたなんて回りくどい奴なんだな。」

「ソレが勇者の使命ダト言われているらしいからナ、儂にも詳しいことはわからんガ。」


 俺はルリの手からにゅるりと逃れ、四角柱の上に着地する。


「さて、どうやらここにいても何もわからなそうだし、拠点に戻ろうk・・・。」


 不意に足元から緑色の光が灯った。と、思ったら今度は白い四角い建造物にエメラルドグリーンの模様が走り、扉がゆっくりと開かれていく。


「なんだぁ!?」

「うっそ。」

「扉が開いタ!」

「芳雄様は勇者様だったのですか!?」


 エルのリアクションだけ意味が分からないが、俺も含め皆それぞれに戸惑っている。

 扉の奥は聞いていた通り洞窟状になっていて、下に向かって階段が続いているようだ。


「どうします・・・。」

「見なかったことにしよう。」


 うん、そうだな、それがいい。面倒なことになる前に扉を閉じてしまおう。

 音を立てないようにゆっくりと扉を閉じていく。結構重いなこれ。


 ・・・・・・。


「? 今誰かなにか言いました?」

「え? 俺は何も聞こえなかったけど。」

「儂も聞こえたゾ。」


 耳を澄ましてみる。


 ・・・っ・・・。


「私にも聞こえたわ。」

「俺も、扉の奥から聞こえるような?」


 ・・・たすけてっ・・・。


 俺たち4人は顔を見合わせ、穴の奥をじっと見つめた。


 よし、聞こえなかったことにしよう。引き続き扉をとじる作業に戻る。


「え! 助けないんですか!?」

「え、だってエルを花嫁にしようとしてる人だよ? ま、まさかエル・・・。」

「そういうことじゃないですけど・・・。」


 まぁエルの言いたいこともわかる、助けを求める人に手を差し伸べるのが人情と言うものだろう。しかしだね、触らぬ神に祟りなしと言う言葉もある、この世界は危険が多いのだいちいち構っていたら命がいくらあっても足らないよ。


「なにヲしていル、ゆくゾ。」


 既に階段を下り始めているマドカがせかしてきた。


「え! いや、助けるの!?」

「当たり前ダ、相手は勇者だゾ恩を売っておく好機ではナイカ。」


 なんてことだマドカが離反した。

 しかしルリはこの世界の危険のことを良く知っているはずだ、マドカを止めてく・・・。


「私、勇者様ってどんな方なのか興味があるのよね。」


 お前こそミーハーじゃねぇか!

 エルが勝ち誇った目で俺を見てくる。


「3対1、勝負ありましたね。」


 ぬうう。


「危なくなったら直ぐに逃げるからな。」

「はい!」


 仕方なく俺はマドカとルリの後をついて行った。

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