第26話 オーガのマドカ
「イヤァ、美味カッタ! 実はもう三日も何も食べておらなんダ。」
「は、はぁ、お気に召しましたようで何より・・・。」
「ワッハッハッハ! そう畏まらずとも良イ、オ前は我らの命の恩人なのだからナ!」
ぼろきれから着替え、へそと谷間が見える青いタンクトップと黒いレザーパンツを着て豪快に笑っている赤褐色肌のお人はサタケ=マドカ(日本と同じく苗字が先だそうだ)と言うオーガ族の姫君だ。なんでも親友だった隣国の姫君が連れ去られたと聞き、いてもたってもいられず自分の国の領地から飛び出してきてしまったそうだ。
しかし、道中食料が尽き途方に暮れていた所、目の前に宙づりにされた肉が現れ、飛びついたらそれが罠で、網に捕らわれ何人かを返り討ちにしながらも、数には勝てず攫われてしまったらしい。
「全ク! あんなにも巧妙で姑息な罠を用いるとハ! 漢の風上のも置けぬ奴らだっタ。」
と、言ってたが、多分それ獣用の罠だと思う。聞き終わった後ルリと目が合ったから彼女も同じ考えだったようだ。
しかしまともに身動き取れないのにそこまで抵抗できるってどんだけ力が強いんだよ。
それにしてもよく食べる、腹が減ったと言うからテーブルがあった居間に移動してみんなで朝食をとる事になったのだが。
昨日買いこんでおいたパンが瞬く間に無くなってしまった。もう俺たちの食べる分しか残っていない。
まぁそれはいい、問題は・・・。
「じゃあ食べましょうか、エルwクリスティアナwゼルディアスw王w女w」
「もう! なんで半笑いなんですか!」
そう、エルもまた、さる国の姫様だったらしい、確かに最初にあったときはボロボロで目も当てられないようだったが、回復してからはなにか気品なようなものを感じるし、あの戦いの最中も終始マイペースで器の大きさを見せていた。
ただ、俺はこれまで旅してきた中でこの子の事との関係をとても気に入っていた、俺のエゴだとは思うけど・・・、今の関係を変えたくないのだ。だから、これからもなるべくエルとはこれまでと変わらないテンションで付き合っていきたい。
「エ、エル様。その、これまでのご無礼、平にお許しを・・・。」
「ルリはかしこまりすぎですよ、今までと一緒でいいって言ってるのに・・・。」
変わってしまったのはルリだ、さっきからずっとこの調子でエルに気を使いまくっている。エルも戸惑っているようだ。元の国でエルと会っていた時は完全にお忍びで、身分を偽って会っていたそうだ。
ちなみにエルのフルネームを聞いたのもこれが初めてらしい。俺がエルからフルネームを聞けたのはあの時エルがテレパシーに慣れておらず、嘘がつけない状態で聞いたからだろう。
正直これは俺も何をどうすればルリの態度が元に戻ってくれるかわからない、これはルリの問題だから俺だけエルに変わらず接していても解決なんてしないだろうし。
そんなルリとエルの関係を気遣ってマドカが口を挟んでくれた。
「ルリとやラ、ソウ畏まるナ。人の関係は一度変わってしまうト中々戻す事はできんゾ。儂の国では王族でも友人と決めた者とは気兼ねなく話していル。ソレが人心を掴む事にも繋がるからナ。」
マドカはふわりと笑って続ける。。
「オ前の友人は規律を守ってまデ、オ前との関係が変わる事を望むような者ではない事は儂はよく知っていル。後悔せぬ選択をセヨ。」
おお、すげえ、これが本当の王族か。
ルリの方を見るとなにかハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。
その後、意を決したようにもう一度エルに向き合った。
「その、エ、エル様?」
「エルで良いって。」
「あの、これからも、私の友達でいてくれる?」
「勿論! ルリはかけがえのない私の親友です!」
「うっ、ありがとうエル~。」
「ちょっと、ルリ・・・これからも宜しくね。」
ルリがエルに抱き着いて泣き始めた。いいなぁなんかほっこりする。
しかしルリって普段は凄くしっかりしてるんだけど、結構精神的に弱いところがあるんだなぁ。
「じゃあ俺たちも食べますか!」
「そうですね、いただきます。」
「グス、いただきます。」
俺たちはやっと訪れた平穏を牛乳を含んだパンとともに噛みしめた。
しばらく食事を楽しんだ後、マドカに気になっていたことを聞いてみた。
「ムグ・・・。そういえばちょっと気になってたんだけど。」
「ン?」
「マドカって”日本”って言う国の事知ってる?」
マドカのフルネームを聞いた時からずっと頭に持っていた疑問である。そもそもサタケ=マドカなんて思いっきり日本名だ、ひょっとしたらマドカも俺と同じように日本から来たのかもしれない。俺は期待感に胸を躍らせる。
しかし、彼女の反応は期待していたものではなかった。
「ニホン? フーム、聞かぬナ。ソノ国がどうかしたのカ?」
「わかんないかぁ・・・、ひょっとしたらと思ったんだけど。実は俺、異世界にある日本って国からこの世界に転生されてきたんだ。それで、日本では苗字が先に来るのが普通だし、佐竹っていうのもよく聞く苗字だったからひょっとしてマドカも転生者かなと思ったんだけど・・・。」
俺は肩を落とし、次のパンをちぎって口に放り込んだ。
「ナント! ヨシオは異世界の者だったのカ。 苗字は持っているのカ?」
そこではたと気が付いた、そういえば今までフルネームで名乗っていない。いや、一応名乗ったのだが日本語だったのでスルーしていた。
「そういえば忘れてた俺のフルネームは坂本芳雄と言うんだ。」
「芳雄様に苗字があったんですか!」
「初耳よ。」
「ああ、ごめん、ちょっと言い出すタイミングを無くしちゃっててね。」
苦笑しながら二人に答える。ふと、マドカの方を見ると感心したような顔をしている。苗字を教えただけなのに、どうしたというのだろうか。
「ホウ、苗字持ちであったのカ。」
「苗字がどうかしたのか?」
「と言う事ハ、ドコか良家の出なのカ?」
何を言っているんだ?現代日本ならすべての人が苗字を持っている、マドカの国だと違うのだろうか?
「いや、うちはいたって普通の一般家庭だよ。」
「ソウなのか、儂の国ではブシと呼ばれる階級の者か、儂らの親族のみ苗字が与えられるのダ。コレは大昔に父上が決めた事でナ、今でも変わらず続けている事なのダ。」
なんだか昔の日本みたいだな。どんな国なんだろう、興味が出てきた。
「マドカの国ってどんな国なんだ?」
「儂の国カ? ソウダナァ、戦が絶えぬ土地柄だが、土地は豊穣で良く作物がとれ、鉱山から切り出した鉱石を使イ、刀やタネガシマ---アア、銃の事だナ---を生産し生業としていル。歴史的にハ、元々儂ら一族は魔王軍に従軍していた一つの軍団だったらしいのダガ。数百年前のある時、父上を筆頭として魔王から離反シ、混乱に乗じて建国してやったのだと聞いていル。」
自分の国の事を話すマドカはとてもうれしそうだ。よほど自分の国に誇りを持っているんだろう。
しかしすげぇな下剋上か、なんだか戦国武将みたいだな・・・。ん? ちょっとまて武士に刀に種子島と呼ばれる銃に数百年前・・・まさか。
「マドカ、ちょっと教えて欲しいんだが。」
「マダ有るのカ、オ前はよほどの聞きたがりなのダナ。」
「マドカのお父さんの名前はなんて言うの?」
そう言うとマドカは益々得意な表情になり、大声で答えた。
「ヨク聞いてくれタ! 儂の父上の名ハ、サタケ=ヨシシゲ! 百人瞬殺の鬼サタケとは父のことゾ!」
あまりの大声に庭にいたカバが「ブモォ!」と唸っていた。
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