第23話 物を食べるときは口をきちんと閉じましょう
うっそだろおい。
突然の来客にソファの裏に隠れ狼狽えまくる俺。
ど、どうする? どうする?
エルとルリは?・・・まだ風呂だ。
「おい、いるんだろ? 俺だ、モルドだ!」
居留守するか? うん、そうしよう! それがいい。
「従業員がお前を大通りで見たと言っていたぞ! 居るんだろ!」
ああああ! くそ! もうなるようになれだ!
俺は意を決し扉の前に立った。先ほどから野太い声で呼びかけている男が言っていた言葉を反芻する。
---男の名はモルド。従業員がどうとか言ってたってことは部下がいる地位にいる男ってことだ---
・・・情報が少なすぎる。
「帰ってきたら一度奴隷販売所に顔を出す約束だったろ!」
奴隷販売所? 人さらいはそこに所属していたのか? 黙っていたらまだ喋ってくれるかもしれないが、ここらが頃合いか。
声が震えそうになるのを必死に抑え、男に声をかける。
「す、すまん! 今でる!」
ドアノブに手をかけ、扉を開けるとひげもじゃな毛だらけ大男が立っていた。
「遅かったじゃないか。」
「ああ、今風呂に入ろうとして服を脱いでいた途中でな、そっちにはひとっ風呂浴びてから行こうと思っていたんだ。」
なんとか言い訳をしぼりだした。とりあえず一旦お暇をもらって、一度ルリとどうすべきか話し合いたい。
「そうだったのか、しかし申し訳ないが至急来てほしいのだ。」
「な、なんで?」
「本国からの使者の方がいらっしゃっているのだよ。」
-----
~風呂の中~
「それにしても、久しぶりにゆっくりできるわぁ。」
「本当にね、芳雄様に感謝ですね!」
「ふふっ、そうね。」
・・・ガチャン!!
「エル? 今なにか聞こえなかった?」
「芳雄さんですかね? 他にこの家には私達しかいないはず・・・。」
ウウウ、ァァァアアアアア!!
「「きゃあああああああ!!!」」
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結局俺はその後、上手い言い訳が思いつくはずもなく、このモルドと言う男についていく羽目になった。道中、人さらいの記憶を何とか掘り起こそうと頑張ってみるが、無駄な努力だった。
連れてこられたのは人さらいの家に行くまでに見かけた大きな建物だ、その雰囲気に呑まれ、大きな扉の前で暫く立ち尽くす。
「何をやっている? 冒険者ギルドになにか用事でもあるなら後にしろ。」
こっちじゃないんかい!
・・・気を取り直して連れてこられたのは、裏手にあった小さな、しかし厳重なつくりの建物だった。男と連れ立って中に入り、目線で観察してみる。
カウンターのようなところに猫耳の女性が一人、店番をしているらしい。お疲れ様ですと声をかけられた。他に人間はいない。奥に扉が一つあるだけだ。
「使者の方は応接室に通してある。」
そんなん言われても、何処かわかりませんけどね!
一人で行ってこいと言われるかと思ったが男が歩き出してホッとする、俺はその後ろを不自然にならないよう気を付けながらついていく。
奥の扉を通ると小さな空間があり、またさらに両脇に二つの扉が現れた。右の扉にはこの世界の言葉で「従業員以外立ち入り禁止」と書かれている。
その右の扉に入ると今度は事務所のような空間が現れ、今度は普通の人間の男が一人何か作業しているのが見えた。
またさらに奥の扉へと向かう、しかしこの建物小さい割にやたらと部屋が多いな
奴隷販売所なんていかにも如何わしい所だし、防犯に厳しいのかもしれない。もし逃げるような事態になったらやっかいだな・・・。
やっとのことで応接室らしい場所に導かれ、長目のテーブルの前で窮屈そうに腰を下ろしている男に視線を落とす。
なんというか・・・ こういうと身も蓋もないかもしれないが、豚みたいな男だ。汗まみれで湯気が出ているような気さえする。
二人用ソファのはずが完全に一人でギチギチに占領している、上半身は裸で下は白いズボン。顔は輪郭の大きな二重顎なのだが、顔のパーツが真ん中にキュッと集まっていて、黒髪が皿のように頭の上にのっかっている。
テーブルには骨付きの肉が山盛りに置かれておりクチャクチャと醜い音を立てながら、それを頬張っているようだ。
うわぁ、嫌いなんだよなぁクチャラーって・・・。
「おまあがマンティスか?クチャクチャ・・・。」
おまあ?
「あ、ああ俺がマンティスだ。」
「ムグ・・・。おりゃは帝国諜報局のクリーピーと言う、よろしく。」
男は脂ぎった右手を舐って差し出してきた、いやああああ! 絶対無理なんですけど!!
馬鹿じゃないの!?
でも、ここで俺が怪しまれたらあの二人にも危険が及ぶかもしれないし・・・。
俺は無理やり笑顔をつくり心の中で悪態をつきながらゆっくりと震える手を差し出そうとする。
「クリーピー様、流石にそれは・・・。」
「おっと、しゅまん。流石に失礼だゃったか。何分裏の仕事ばかりであまり世間を知らんもんでぇな。しかしあちゅいなこの街は。」
モルドの言葉にクリーピーは手を引っ込めた。
ありがとうございますうううう!モルド様!
俺は心の中でモルドにローリング土下座を決めた。
「しょれで?」
「は、はい?」
「研究所でにゃにがあったんだ?」
なるほど、その話か。え、でも、あまりエルとルリの事を話すのはよくないし・・。いや、ちょっと待てあれはほんの一昨日の話だろ? いくらなんでも情報が伝わるのが早すぎないか? まずはそこを疑問に持つべきか。
「もう情報が伝わってるのか?」
「噂通りしょんだい(尊大)な男だゃの、あの研究所の門番の男が帝国近くの荒野でランドウォーカーに跨りながら事切れているのが発見しゃれてな。にゃにがあったのか至急確認をとるためにおりぇがここに派遣しゃれた次第だゃ。」
あの男は生きていたのか、しかし流石に一人ではあの砂漠を超えられなかったのだろう、ランドウォーカーというのは乗り物か?
よし、それならあまり細かいことは知られてはいないだろう。考えろ~俺、どう説明すれば俺たちの事を隠せるのか。
「お、俺もあの時は驚いたんだが、あの娘を届けに行った時・・・。あの所長(多分)がとても焦った声を出してな。急に、逃げろ! と言われて飛び出したんだ。そしたら外に出たとたん研究所が大爆発を起こしやがってよ。
し、死ぬかと思ったぜあんときは。
何が起こったか、細かい事はわからねぇが、何か研究中にへまでも起こしたんじゃねぇかな?
えーと、そ、それから、俺は乗ってきたカバクダで逃げることが出来たんだが、遠くの方で研究所で飼われてたマンティコアがランドマシーンに乗った門番のやろうを追い立ててるのが見えたぜ。」
どうだ? 別に矛盾してないだろ!?
「他の奴らは?」
「へ? あっ。そ、それがわからねぇんだ。急いで逃げてきたから。」
クリーピーは「ふむー」と難しい顔をしながらクチャリクチャリと肉を咀嚼し始めた。
頼む! 納得してくれ!
「そんなことがあったのか。お前の様子がなにかいつもと違うなと感じていたんだが、大変な思いをしたんだな。」
ナイスアシストです、モルド様!
「わかった、しょういうことならこっちで対応しよう。今日はゆっくりやしゅめ、帰っていいぞ。」
「しょうだな、二、三日中に調査団を派遣しゅる必要がありしょうだ。」
や、やった・・・、切り抜けた・・・。
俺は心の中で小さくガッツポーズした。
奴隷販売所を出て、帰りにパン屋と牛乳を売っている行商人を見かけたのでお土産に買って帰った。金は人さらいの家にあったのを拝借してある。
「私たちを売った代金を返してもらうだけよ、問題ないわ」とはルリの談だ。
トボトボと力のない足取りで家まで歩いていく。
つ、疲れた、でも無事に帰れた。兎に角今日は休もう。
しかしあまりゆっくりは出来ないな、調査団が異変に気付く前に少なくても明後日にはこの街を離れなければならなそうだ。
庭に座っていたカバがこちらを一瞥しブモォと出迎えてくれる。
なんか今日はお前を見ると落ち着くよ、二人を見張っててくれてありがとな。
俺は玄関に入り鍵をかけ、脱力するようにスライム体に戻った後一つ安堵のため息をつき、「ただいまー」と声をかける。
するとドタドタと人がかけてくる音が聞こえてきた。
「な、なんだあ!?」
「「芳雄(様)ー!!」」
「ほげっ!?」
なぜか全裸の二人が泣きべそをかきながらタックルをかましてきた。
俺は二人からの衝撃(主にアラクネのルリ)のせいで弾け、二人の体にベシャッっとまとわりついてしまった。
あ、でもこの感じなんか安心する。
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