第22話 デザートの街

「この世界の危機管理意識はあれでいいのだろうか・・・。」

「まぁ、魔力の強い者に幻惑魔法とかで変装されたらどんなチェックをしても全くわからないからね、疑っていったらきりがないわ。

 貴族たちのいる街中枢とかに行くときはまた関門があって、そこはもっと厳重にチェックされるんだけど、一般庶民の住むこのあたりまでなら結構適当なのよ。」


 なるほど、むしろこの世界は完璧な変装や偽装ができてしまうから逆に街の入口のチェックが緩いのか。

 ・・・にしても素人にボディチェックさせるのはどうかと思うが。


 俺たちは今テンドウ大陸西部、サラティーナ王国のデザートという街を三人と一匹で歩いている。デザートと言うだけあってこの街は甘いお菓子が有名らしい。まぁ名前のせいだというのはなんだかおかしな気がするけど。


 そういえばアラブ人もお酒を飲まないから甘いものが好きなんだっけか。


 道の両脇に土壁でできた低くて四角い形の黄土色の家が並ぶ、めったに雨が降らないから屋根も平らだ。ただし地球の家と違うのはその壁がきらきらと輝いているところだろう。なんでも土壁の素材に認識阻害の効果がある水晶の粉末を混ぜているそうだ。魔法で中をのぞかれないようにするためなんだとか。

 異世界は異世界で色々と地球とは違った苦労があるようだ。


 待ちゆく人たちはやはり太陽の熱を吸収しないように白や黄色を基調とした明るめの色の服を着ている人たちが多い。


 また人種は多種多様につきる。普通の人間の姿をしているのもいるが、目につくのは犬耳や猫耳を持った人たちだ彼らの数の方が圧倒的に多い。また砂漠らしく下半身がサソリの姿をしているのもちらほら見かける。 

 サソリの針を見るたびあの戦いを思い出す。

 あれは痛かった・・・ 今生きていられるのはひとえにエルのおかげだ、”家”に着いたら改めて礼を言おうと思う。


 そう、”家”だ、俺・・・ というかこの人さらいのなのだが、俺は”家”の場所があるのだ。人さらいの記憶は短期記憶は----例えば依頼の内容とか、知り合いの顔や会話の内容など----全く覚えていないのだが。家の場所や、記憶の深くまで根付いた習慣などの長期記憶の方は覚えているのだ。

 ただし、わかるのは家の場所まででどんな家なのかはわからない、もしかしたら誰かが待っているのかもしれないがその時はその時で考えよう。俺たちは文無しで宿に泊まる事さえできないのだから。


 街の中を家に向かって歩いていく、途中露店の道具屋や、薬屋、それから何か大きな建物を見かけたので脳内の地図に書き記しておく。


「ここだ。」


 俺はある一軒の家の前で立ち止まった。


「ここですかー!」

「え、でもここって・・・。」


 それはもはや家と言うよりも、屋敷と言えるほどの大きさの豪邸だった。


 では、早速訪ねてみよう。俺の姿はこの家の主人の物だし、誰か出てきてもなんとかなるだろう。 


「中に誰も居なければいいんだがなぁ。」

「そうですね、私達は連れ去られたはずの人間ですから、ここにいること自体わかっている人からすれば不自然すぎますし。」


 そう言いながら門を開ける。庭には人気のある感じはしないが趣味の悪い裸婦像や金ぴかのドラゴンの像が置いてある。カバはとりあえずドラゴンの像の前に座らせておいた。

 1階も2階も窓のカーテンは閉められ中をうかがうことは出来ない。ドアに耳を当ててみたが音がするようなことはなかった。

 壁は一般庶民の家と違い白色に輝いている。


 ふぅ、と息を吐き扉の前に立つ。


 コンコン


 しばらく待っていると、エルが小声で囁いてくる。


「・・・誰か出てくる感じはしませんね。」


 もう一度ノックしてみるが誰かが出てくる感じはしない、L型のドアノブを回そうと試みるが、当然のように動こうとはしなかった。


「よし、ちょっと待ってな。」


 俺は足をスライム体に戻し、ドアの隙間から触手を伸ばした。目を作って中を伺うがやはり誰も居ないようだ。そのまま内側からカチャリと鍵を開ける。

 もう一度ドアノブに手をかけたところでルリが俺たちに注意を呼びかけてきた。


「二人とも油断しないで、一部屋ずつ調べるのよ。」

「はい。」

「了解。」


 改めて気を引き締め、扉を開ける。

 

 扉を開けてまず俺たちの目に巨大な裸婦の絵が飛び込んできた。そのわきには金色の壺と銀色の壺が並んでいる「趣味悪ぅ」と言ったのはルリだ。床はタイルのような大理石が敷き詰められていて、海外の家らしく土足でも大丈夫なようになっていた。


「よし、じゃあみんなで一部屋づつ誰かいないか確認しましょう。」

「え? 手分けして、じゃないんですか?」

「なるほど、こういう屋敷を探索するときはバラバラに行動するのは死亡フラグだと昔から決まっているもんね。」


 しぼうふらぐ? と聞きなれない言葉を繰り返すエルを無視し、音を立てないように中を進んでいく。


「ここは、キッチンか?」

「うへぇ・・・ きちゃない・・・。」


 元はキッチンだったのであろう場所は洗っていない食器が散乱し、見るも無残な見た目になっていた。しかし、これで分かったが、この屋敷には使用人や人さらいの妻に当たるような人間はいないらしい。

 そのことに少し安堵する。


「ここは・・・寝室か、・・・・ここは書斎? ちらかってるな・・・ ここは・・・ゲストルームか・・・ ・・・トイレは思ったよりきれいそうだ。 ・・・・・・それから、ここは・・・風呂だ!」

「え!? 本当!?」


 ルリが食いついてきた、それはそうだろう、彼女たちはここまでまともに身体を洗えておらず、身体中埃をまみれな状態だ。


「早速湯を沸かしましょう!」

「ちょっと待てって、他の部屋もちゃんと調べてからな。」


 ルリの首の襟をぐいっと引っ張る。


「きゃあ!・・・ちょっと、そういうのはお風呂に入った後にして。」

「はぁ? 何言って、ぶはっ!」


 振り返った彼女を見て吹き出してしまった。胸のあたりの布が大きくはだけ、二つのたわわな果実がこぼれそうになっているのを両手で抑えている。


「むー、ルリばかりずるいです・・・。」


 なにがだよ。


-----


「お風呂沸きましたよ~。」

「やった!じゃあ一緒に入りましょ!」


 エルが風呂場から声をかけてくる、ルリはエルと一緒に入るようだ。この豪邸にふさわしくかなり広めの作りだったから二人で入っても問題ないだろう。

 あの後残っていた物置や、屋根裏部屋等を調べたが、やはり誰もいないようだった。


 やっとのことで訪れた休息の時間にソファに座りながら安堵のため息が漏れた。 

 ちなみに湯はエルが水魔法と火魔法を使えば用意できると言う事だったので、彼女に任せることにした。


 風呂場の方から姦しいおしゃべりの声が聞こえてくる、今頃二人とも生まれたままの姿でいるのだろうか。

 ・・・さっき触った感触が忘れられない、衝撃的な体験だった。

 

 どれ、飲み物でも探そうかと身を起こしたとき。


 コンコンコンとノックの音が玄関から響いてきた。


「マンティス!俺だ!」


 まだまだ、俺に試練は続くようだ。

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