第11話 三者三様に・・調子が悪いようで

ゴウン ゴウン ゴウン ゴウン


 建物の中にあったのは白い壁と打ち付けただけのきの床の続く廊下だった、正面のドアについた窓からは建物の向こう側の景色が見える、部屋は左右に二つずつ、4つのドアがあった。


ゴウン ゴウン ゴウン ゴウン


(しかしこの音はなんだ? なにかの機械が動いているような・・・。)


 耳障りなこの音は俺の胸を締め付けるように不安な気持ちにさせた。


「・・・こっちだ。」


 ケインズは少しの間呆けていた俺たちを左奥の部屋に導き、扉を閉めた。


 異様な部屋だった、床はコンクリートに変わり冷たい雰囲気を感じさせる、窓は一切無く、カンテラの明かりがゆらゆらと揺らめいていた。下に延びる階段は地下に続いているようだ。


 いいようにない不安に背中に冷や汗が伝うのを感じた時、ズブリと妙な音が聞こえた。


 急に苦しくなり、焼けるような痛みが走った先を見ると、俺の腹から伸びる血でぬれたナイフの切っ先が見えた。


 倒れ際に、絶望の表情に歪むエルの顔が見えた気がした----


----


ケインズ視点


(他愛ない、マンティスはこんな男にやられたのか。)


 ケインズは大量の血を流して横たわる男と、その側で無表情な顔で座り込み、マンティスの偽物の手を握っているエルフの少女を蔑みの眼差しで見下ろす。

 

 ケインズの知るマンティスという男は狡猾で自己中心的で、どんな残酷な任務でもためらいなくやる男であった。

 正直ケインズはそんな彼が好きではなかったが、同じ騎士団時代に吐き気がするような任務でも当たり前のように達成し、帰還してくる姿を見て、ある種の尊敬の念を持っていた。


 だが、ある任務の最中、へまをしたらしい彼の部隊はマンティス以外全滅してしまったらしい、その責任を取らされた彼は騎士団を追放され、奴隷狩りに堕ちてしまった。

 今になって考えるとその出来事事態が帝国の策略であったのかもしれないが、兎も角マンティスは奴隷狩りに墜ちたあとも優秀であることは変わり無く、力が強いためさらうのが難しいとされる種族や、自衛の騎士をもつ貴族の人間でさえも必ず拐ってみせた。


 今回もそうだ、俺はこの研究所の主からターゲットを聞いたとき目眩がしたのを覚えている----よりによって王族を拐えだなんて---しかしマンティスはさも当たり前のように了承し。

「そんなことより、ここから研究所まで行くことの方が大変だぜ」

 と、軽口を叩いていた、きっとこいつならまた当たり前のように獲物を連れてくるんだろうと、奴隷商館からの帰り道に苦笑したことを覚えている。


 結果が目の前のこれだ、本物のマンティスなら例え気心の知れた者でも無防備に背中見せることはないしあんな変な喋り方なんてしない。

 こいつは偽物だ、顔を似せたのか、幻術魔法の類を使っているのかはわからなかったが、死んだ後も顔が変わらないということは顔を変えたのだろう。後で街で施術した奴を探すとしよう。


 そしてこのエルフだ、話に聞いていたエル=クリスティアナ=ゼルディアスの特徴とは一致しているが、マンティスがここにいない以上本物ではあるまい、よく似た影武者・・・そう考えるのが自然だろう。

 とりあえず拷問して情報を聞き出すか、それとも殺すか・・・俺の一存では決めかねる、同僚と相談してからにするとしよう、おとなしく従ってくれれば、の話だが・・。


「おい」


 声をかけるとエルフはうるんだ緑色の瞳を俺に向けてきた。微笑を浮かべた表情と、まるで魔物のような妖艶な力を持ったような目に少したじろぐ。瞬間、殺すべきだと俺が騎士時代に培った危機察知能力が告げた。


 俺の右手にあるナイフから少女の首まで最短距離を走らせる・・・・が顎先まで達しようとしたところで突如思考が途切れた-----


------

ルリ視点


「-----を使い遺伝子を変異させ、アラクネの体とオークの体を結合させやすい状態にする、その際変異による拒絶反応に耐えうるよう同性でかつ、魔力が高く、また若い個体を使う。それでも尚ショック死の可能性があるため----」

「・・・・・・。」


 研究所の地下室はそこまで続いていた階段の雰囲気と違い、壁面・床・天井すべてが真っ白に塗られ、また魔力灯により昼間のような明るさを昼夜問わず保っていた。


「----を頸動脈・太腿動脈・胸大動脈・腹腔動脈に絶えず注入し続ける。被験者の容体が安定次第被験者の子宮を摘出し・・・」

「・・・う・・・・・。」


 しかし、その部屋は異様だった、私が連れてこられたとき目に入ってきたのは無数の試験官・魔法陣・散らばった研究所と思われる書類、そしてこの研究所の所長だと紹介された男。


「---オークの子宮を移植する。その際、痛みによる脳への負荷が多くかかるため一度脳の機能停止させ、再起動させる。これにより多少の記憶障害が起こる可能性があるため魔道器によりバックアップを---」

「・・・・・・。」


 抵抗もした、わめきもした、しかし四肢に取り付けられた固定器は鋼鉄でもないのに魔物である私の力でも外れることはなかった。そうこうしているうちにわけのわからない薬物を投与され、強制的に意識を刈り取られてしまった。


「----成功した場合最終段階に以降する。最終段階とは強力な兵士を生産する苗床として活用するための重要な段階であり-----」

「・・・・・。」


 私は悟った、どれだけわめこうが懇願しようが目の前のこの男に儂の声は一切届いていないのだと。男は初めて来た時に聞いたのと同じセリフをなにかに取りつかれたように昼夜問わず、寝ることも忘れ何度も何度も楽しそうに繰り返している。もはや抵抗のすべは一切無かった。そして遂に私は、視界さえも奪われてしまった。


「----の呪印を施す、すると完全に自我が消えるためこの段階で前線兵器としても兵士たちの慰み物としても活用が出来る----」

「や・・だ・・・・。」


 どうやら私は自我を消され、兵器として戦場に送られるらしい...恐ろしい、この手で同胞に手をかけることになるかもしれないなんて...とうに枯れたと思っていたが、改造され目隠しをされた目から涙が出てくる。無力感を高めるだけだと思いつつも固定器から逃れようと体を身じろぎさせる、固定器はなんの音もさせることなく、ただ沈黙を守っているだけだった。


----その時----


 コンコン


「おい! 俺だ! 捕獲したエルフの少女を連れてきたぞ。」


 遂に私の心を絶望が支配した。

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