第9話 美味しいの?

「ンク・・ ンク・・ ンク・・・。」


 いや~しかしなんだろうなこれは。


「ンク・・ ンク・・ ンク・・・。」


 こういうのを、背徳的っていうのかね。


 のどが渇いてないって言っていた割に、先ほどからエルは一心不乱にあの液体を飲んでいる、。コップのような容器は作れないのでスライムの体の一部をタンクにして先端をとがらせ口に含ませた。

 口元からこぼれた水が胸元に吸い込まれてちょっとずつ服が濡れて透けているのは、気付いているのかいないのか。

 俺としては眼福だから指摘したりはしないがね。


(しかしどんだけ飲むんだよ、もう1.5Lくらいはいってるよな?)


「・・・ンク・・ ンク・・。」


(流石にもう充分だろ・・・)

 と、ここでホースを締めるようにキュッと水を止めてやった。

(ん~・・・チュポンッ。

 えへへ~ごちそうさまでした~。)


 エルは恍惚の表情を浮かべていた。そんなに美味いのかこれ。

 

 水分補給も終わったので、エルと一緒にカバの背に乗る。

 正直眠い、結局昨日は徹夜で火の番をしていたから一睡もしていない、頭がグワングワンする、血液なんて通ってないはずなんだがなぁ。

 エルが気を失っている間いろんなことを考えた、なぜ俺はスライムになったのか、なぜこの世界に来たのか。

 

 この世界に来たきっかけは覚えてる。あの青い鳥居をくぐったら穴に落ちた、そして気がついたらスライムになっていた。

 

 しかし”いつ気がついた”のかは不鮮明だ、さっきまでは数年前に意識が出来たのだと思っていたのだが、よくよく思い出そうとしてみるとかなりおぼろげではあるがもっともっと昔の記憶も確かに存在していた。しかしその記憶は暗いとか痛いとか本当に断片的なものでしかない・・・。

 

 わからない・・あの穴に落ちたあと俺はいったいどうなったのだろうか?

 

 俺がなぜ急にこの世界の言葉を使えたのか、理解できたのかについては推測できた。きっとこの体に備わっている能力が関係している、最初俺は自分のからだには擬態の能力が備わっているだと思った、身体の見た目を吸収したモノに変えることが出来たからだ。

 つまり自分の見た目を吸収したモノに変えられる能力と言うことだ。しかし、それでは俺が擬態した泉の水をエルに飲ませることが出来たのはおかしい。見た目だけが変わったのならそんなことはできないはずだ。

 

 俺の能力は吸収したモノの能力をある程度使えるようになるという物なのだろう。ある程度というのは、あの男の記憶のすべてを受け継げなかったから。


 記憶には2種類ある、短期記憶と長期記憶だ。短期記憶はテスト勉強の記憶やその日一日の記憶などある程度まとめて覚えられるが、時が立つと忘れてしまう優位性の低い記憶のこと、長期記憶は言葉や家の場所など忘れてはいけない優位性の高い記憶のことだ。きっと短期記憶の方はあの男を消化していた時に脳から消えてしまったのだろう。


 つまりだ、恐らく俺の中には記憶の深淵に眠る有象無象の生き物たちの能力が眠っている・・・ なんか超でっかいミミズとか食ったような気もするし・・ 我ながらちょっと、いや・・かなり恐ろしい。俺は・・・ 何が・・ できるのか一度・・ 実験してみなければ・・。

 

 だめだ、も~眠い・・・ 頭がうまく動かなくなってきた・・。

 カバの揺れとエルの体温がいい感じに気持ちがいい・・・ 一応眠る前に一言言っておくか。


(エル。)


エルは俺を抱えながらカバにゆられていた。


(はいなんでしょう?)

(何かあったら起こしてくれ、ちょっと眠いわ。)

(あ~昨日は徹夜だったんでしたね。)

(うん、・・・あ、そうそう、それから君が喉が乾いた時も起こしてくれ・・遠慮なんかするなよ?体の方が大事なんだから。)

(わかりました。では遠慮なく。)

(うん・・・ 頼む・・・。)

(では、お休みなさいませ。)

(ああ、お休み・・。)


 ああ、そういえば思い出した・・ それからエル、というか俺作り出した水のことだ。さっきのエルの反応は明らかにおかしい、喉が乾いてないというわりに一心不乱に飲んでいた。喉が乾いていないというのが強がりだったのだろうか?・・・ いや・・ でも、あの反応は・・・。


 昨日からの疲れと、心地よい揺れには勝てず、俺は意識を手放した。


 でもエルは本当に遠慮しなくて本当に何度も起こしやがったことを俺は忘れない。

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