第1話 人さらい

「ああああ! くそ! なんなんだよあの客はぁあぁああ!?」


 彼ら以外誰も居ない砂漠の真ん中を移動用モンスター(ラクダのこぶを持ったカバのような生き物である)の背につけた鞍に跨りながら、痩せた体に鍵爪のような鼻が特徴的な一人の男が叫んでいる。


 彼の名はマンティス、ここから100km離れた街にある奴隷販売所に所属している人さらいである。彼の目下の目当ては奴隷に適切な人間や亜人の捕獲だ。


 ちなみにここは砂漠と言ってもいわゆる砂ばかりの砂丘がが広がるような場所ではなく、乾燥しごつごつとした岩の多い荒野のような場所である、そのため道が消えることなく続いている。


 彼がなぜこんな人気のない辺鄙な道を移動しているのかというと、ここからまた二日ほどかけた場所にいる客に自分の捕まえてきた「獲物」を引き渡すためである。

 しかし、彼はあくまで”人さらい”だ本来このような奴隷の販売や引き渡しは奴隷販売所に勤める別の職員たちの仕事のはずである。


 にもかかわらずなぜ彼がこんな仕事をする羽目になっているかというと、普通の職員だとたどりつけない可能性が大きいからだ。しかもあの客は大勢で来ることを望まない。情報をなるべく秘匿するため、随伴者は一人で来いというのだ。


「くっそぉぉ! あの糞親父め、なんであんな糞みたいな場所に住んでいるんだ、着いたらマジで殺してやる」


 当然そんなことは出来ないし本当はする気もない、何しろあの親父は上客だ、どこから出てくるんだと思うようなとんでもない金額で毎回自分たちに「狩り」を依頼してくるのだ。


 ただ、住んでいる場所が悪い。なぜか人の寄り付かないであろう辺鄙な砂漠のど真ん中で生活しているのである。

 依頼の内容も奇妙なもので、普通奴隷を買う客は長くもつように健康体を好むものだが性別と種族はきっちり指定してくるものの”連れてくるまでに生きていればどんな状態のモノでも構わない”というのである。


 そのため今回の商品も”ワケあり”だ、そんなものを高く買ってくれるんだから本来であれば有り難い話なのだ。


(いかん、叫ぶとのどが渇く、ただでさえ水分は貴重なのにたどりつくまでにこのスイカが切れてしまえば俺は死んじまう)

 と、マンティスは自分を戒めるが彼は生来とても短気な性格である、悪態をつきたくなるのも仕方のない事であった。

 ちなみになぜ水筒ではなくスイカを持っているかというと、このあたりの水質が非常に悪いことに起因する、単純にスイカよりきれいな飲み水の方が希少なのだ。


(しかし、妙に本当に静かだな・・・ いくら最近この地域のモンスターが減少傾向にあるとはいえこのあたりには大型のサンドワームを始め砂漠にしては珍しく多くのモンスターがいたはずだが・・)


 通常あの客の研究所に行くためにはここは絶対に通らないルートである、いや通ることができないというべきか。砂漠とは魔物さえ住めない環境であるはずがこのルートは通常とは違い多くの強力なモンスターがはびこる魔境として魔物ハンターや、賞金首ハンターたちにとって恐れられているのだ。


 噂では命の泉と呼ばれるオアシスがあり、その水を求めて強力なモンスターが大量に引き寄せられた結果、魔境のような場所になってしまったのだという。


 しかし、最近知り合いのハンターからこの場所から急速に魔物たちがいなくなり、このルートが安全になったと言うのだ。マンティスは半信半疑ではあったが、素早い魔物は居なかったはずだし危なくなったらすぐ逃げればいいと今回はこのルートを通ってみることにしたのであった。


(このルートが安全になったとしたらこれからはずいぶん早く運べるようになるな、焼けつくようなこの暑さが変わらないのは残念だが、それはさすがに無理な注文か)

 と、恨みがましく彼は空を見上げるのであった。


-----ドサッ


 不意に、後ろに積んであるはずの”積み荷”から物音がした。振り返ると”積み荷”が暑さに耐えきれず、地面に落ちてしまったのが確認できた。


 客へはあくまで生きた状態で届けなくてはならない、いくらどんな状態でもいいと言われたからと言って死んでしまっては元も子もないのである。


 マンティスは焦りつつ移動用モンスターを止め、”積み荷”に駆け寄った。


「おい!どうした! 金が入るまでは死ぬんじゃねえぞ!! ・・おいどうしてしゃべらn・・あっ(・・ああそうだったこいつは今喋れねえのか・・暑さでぼーっとしちまっててすっかり忘れてたぜ!)」


 兎に角、今は水分が必要である。おそらく今は脱水症状による昏睡状態なのだろう目がうつろになっている、何かを喋ろうとしてるのか力なく口をパクパクさせているが、漏れるのは空気だけで何を喋っているのか伝わって来ない。その口にスイカをあてがってみる。


「おら!! 食え!!!! 食わねえと本当に死んじまうぞ!!」


 しかしもうすでに息も絶え絶えになっているようで口の中に無理やりスイカを入れてみても咀嚼している様子はない。


「くっそおお!!!! それもこれもあの糞親父があんな場所に住んでいるせいだ!!! どうして俺ばっかりこんな目に---!!!」


 マンティスは無駄とは思いながらも他に使える物がないかと周囲をよく見回してみた、すると・・・


「なんじゃあ・・ ありゃぁ・・・」


 砂漠の真ん中にポツンと水たまりができているのである。いや、大きさや透明度を考えると泉のようにも思える。ここからほんの50mほど先の場所にだ。


「(何だか知らねぇが助かったぜ・・ 水なら流し込めばこいつにも飲ませられるだろ・・)おい! お前も運がよかったな! ちょっと待ってろ!」


 急いで移動用モンスターに乗りその泉に駆け寄る、なぜ気が付かなかったのかとは思ったが、おそらく暑さによる視野狭窄に陥っていたのだと推測した。


 ----しかし彼はもっと疑問に思うべきだったのだ、なぜこんな場所に干上がらない水場があるのか、なぜこの水場を求めて魔物たちが寄ってこないのか、なぜ水場があるのに魔物たちが消え去ったのかと。

 これから失いそうになっている金の事で頭がいっぱいの彼には少々酷な話ではあるが・・・----


「おお! 思ったよりすげえきれいじゃねえか! これなら濾過しなくても大丈夫そうだ、ひょっとしたらここが命の泉なのかもな!」


 水を汲もうと鞍から降り、移動用モンスターが口を泉につけた時、それは起きた。マンティスは一瞬空が暗くなったと感じた、それほど瞬間的な出来事だった。


 今まで泉だと思っていたものが自分と移動用モンスターがに覆いかぶさってきたのである。


「なんだ!? なにがおきた!?」


 マンティスの怒号が響く、人さらいとして培ってきた危険信号が彼の身を引かせた、が、それでもなお一足遅かった・・・。

 彼の右足に今まで泉だと思っていたものの先っぽが覆いかぶさっている。横を見ると移動用モンスターは逃げるのに間に合わず身体の半分以上がそれまで泉だと思っていたモノに包まれているのが見えた。


(す、スライム・・・か? いや、こんな巨大な化け物見たことがない・・・)


 瞬間、右足に激痛が走った。

「ぐああああああああ!!!!????」


 痛みで朦朧とする意識を右足に向けると自分のものであろう骨と筋繊維が見えた、いや、それもすぐに消化されていっているようである。


(こいつ・・俺を食ってやがるのか!!??)

 思わず左足で払いのけようとしたのが失敗であった、ズボッとその化け物に突っ込んだ左足がすぐさま右足と同じように消化されてしまう


「があああああああ!!!!! (だめだ! どうにかして逃げねえと・・・・し、死ぬ!!!!)」


 必死にもがいていると自分の乗ってきた移動用モンスターが、苦しみながら内臓や骨を溶かされている様が目に入った。


「(お、俺もこうなっちまうのか・・・!?)」


 「ゾッ」という表現が正しいのか、彼は今まで生きてきた中で経験した恐怖が生ぬるいと感じるほどの体の中から湧き上がる恐怖を感じていた、なおも逃げようとするが、その怪物は既に彼の太もものあたりまで浸食していた・・・・。


「おごっ! がぶっ! ・・・ごぼっ・・・・・」


 とうとう頭までその化け物に覆われながらマンティスは悟った、この化け物がこのあたりの魔物がいなくなった原因なのだと、自分はそんな危険に自ら近づいてしまった愚か者なのだと。


 そして遂にその意識ごと化け物に吸収されてしまったのだった・・・・。

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