第四世界『ほんとうのせかい[Out of the window]』 その6
×ケイ×
トリシャの言う大きなお墓というのは、ビルを丸ごと解体することだった。
解体と言うか、押しつぶして壊してしまおうということだった。
「……いいのか? 確かに押しつぶすくらいなら、多少物理的な力を捻りだせば出来るが」
屋上に来たケイは、一歩先に到着して遠くを眺めていたトリシャに問う。
部屋で戦闘していた時はトリシャのことを考えて全力を出さなかったが――おそらくトリシャの父親もだろう――次元を超えるほどの力をもつケイには、ビル一つ潰すくらい簡単に出来るのだ。
「はい、やっちゃいましょう。お父様の秘密とかいっぱいあるわけですし……いつかコールドスリープしている人が起きた時、風化しているように。全部ボロボロにしてしまった方がいいと思います」
「コールドスリープ……?」
……まだこの世界にはなにかあるのか。
聞き覚えのない情報に首を傾げ、あとで詳しく話を聞こうと思いながらケイは自分の体を杖へと変える。
『ほら、握れ』
「どうするんですか?」
『にぎったら、少し上空に移動しろ。それから、建物に向かって先端を向ければいい。あとはオレがやろう』
「なるほど、簡単ですね」
ケイを握ると、トリシャは両足に足鎧を装着する。全身血まみれのままだが、足鎧だけは装着のたびに生成されるので美しく、アンバランスな美しさがあった。
そのまま、階段を上るように空中を歩いていく。
ある程度の高さまで来ると、建物に向かって杖をかざした。
「こうですか?」
『ああ。……最後にもう一度聞くが、』
「いいですって。やっちゃってください」
『わかった。いくぞ』
二つの蛇の頭の口を大きく開く。
周囲のエネルギーをコントロールして、ビルの屋上に集中させ、ゆっくりと降下させていく。膨大なエネルギーの塊は景色をゆがめながら下降し、ゆっくりとビルを押しつぶし、破壊していった。
地面に降り注ぐ、瓦礫の流星。
ちらりとトリシャの方を覗き見ると、やはりどこか物悲しそうな顔をしていた。
なんだかんだ、ここには思い出があるのだろう。
『……そろそろいいな。三分の二も崩したし、あとは放っておいても勝手に崩れる』
「はい……」
『地面に下りるぞ』
「はい」
小さく頷き返すトリシャと共に、地面に下りていく。巻き上がる土煙を眺めながら空中を下りていくと――ふと、ビルの合ったばしょにぽつんと残っている物があった。
『……? なんだ、部屋が一つだけ残って……』
「っ……! あそこ……私の部屋ですっ」
『なに? あ、ちょ、こら投げるな!?』
ケイを放りだして、トリシャが空中を駆け出す。慌てて人間の姿に戻って、ケイはトリシャの隣に並んだ。すぐさま、周囲に土煙を遮断するためのフィールドを張る。
「土煙を吸いこむだろ、危ないぞ」
「す、みません、でも……私……っ!」
「……慌てるな。オレが運んでやる」
お姫様抱っこすると、ケイはトリシャを地面まで運んでいった。
土煙を巻き起こした風で払いながら、残った部屋のあたりに着地。瓦礫が押し寄せていたが、やはりそこだけ丸く部屋が残っていた。
「この壁……明らかに核シェルターとかの素材だな。後付でここに埋め込んだのか? なんて無茶な建築を」
「あの、ケイ、入っても」
「わかってる」
ドアに近寄って、重い扉を開く。
その先にはもう一枚薄いドアがあって、トリシャはそれを押しのけるように中に入った。
中は、ひどく荒れていた。あの父親がやったのかもしれない。ところどころ、体液らしきものも飛び散っている。
それでも、そこは無事だった。
ケイがエネルギーで圧力をかけて、ビルが倒壊しても――この部屋だけは。
「……トリシャの父親は、本当に大事にしていたんだな。お前のことを」
狂っていた、なんて言った自分が恥ずかしい。
確かに狂っていたのだろう。
けれどそれは娘のため。
全て娘の幸せのために、あの男は狂っていた。
「愛に狂った、っていうんだろうか、これも」
「……狂ってなんか、ないです」
ぽつりと。部屋の中央で俯いていたトリシャはつぶやく。
「狂って、なんか、ないです……っ。お父様は、私を、愛してくれて、いて……それだけで……私は、でも、ずっと、気づいて……いなかった……本当の意味で、見て、あげて、いられなくって……ぁああ……ああああ……お父様ぁ……っ! ごめんなさい、私は、ぁっ、わたしはぁ……っ」
顔を覆って嗚咽を漏らし、トリシャは何度も謝っていた。
気が済むまで何度でも。
父親をちゃんと見てあげられなかったと、後悔の涙を流していた――
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