第四世界『ほんとうのせかい[Out of the window]』 その4
×ケイ×
空中を飛んで、ケイはトリシャが居ると思われるビルの屋上にやってきていた。
小高い場所に建っているビルは、住宅街と、少し遠くに広がる海を見渡せる。
「屋上に異常は無し、と」
……下の方は少し騒がしかったようだが。
時々窓から怪物が落ちたりしていたのを思い出す。以前来たときにはビルの内部にはあの怪物は居なかったのだが、なにか異変があったらしい。
とはいえ、トリシャはおそらく安全な場所に居るだろう。初めて出会った部屋が有力か。
あの部屋は頑丈な作りだったため、そう簡単には化け物も侵入出来ないはずだ。
「大人しくしていれば……だが」
は、と小さく苦笑を漏らす。自分が生まれた世界の真実を前に、トリシャが一体どういう反応をするのか、ケイには上手く予想できなかった。
トリシャは強い人間だと思う。だが、同時に普通の人間でもあると感じる。
どこか弱いところがあって、どこか強いところがあって。
それは、ケイの元になった人間には無い、ちゃんとした人間らしさだった。
「弱さを他の強さでカバーしてしまうようなのとは違う、あれがちゃんとした人間ってものなんだろうな」
呟きながら、屋上のドアを杖で殴り飛ばして内部へ侵入する。
以前来たときも、屋上から侵入した。その時はドアは破らず平面状態で侵入したが。
ケイの覚え通りなら、屋上から入って警備をかいぐぐり、二・三階ほど階段を下りれば、すぐに重要な研究施設にたどり着くはず――だったのだが。
「……なんだ、これは」
階段を下りた先に広がっていた光景に、ケイは呆れたような声を漏らした。
そこには共食いの痕跡があった。もちろん、化け物のだ。元々は警備のロボットの待機場になっていたのだが、血が飛び散っていてそんな風には見えない。
元々、施設の大きさの割に研究員は多くなかった。五十人居るか居ないかだったはずだ。人手がないせいか警備は全てロボット任せだった。そのためワンフロア使った待機場には相当数のロボットが待機していたのだが、その全てが破壊されていた。
「しかし……この人数……」
ロボットと戦ったあと共食いしたのか、数えられるだけでも五人。
全研究員の十パーセント。相当な数だ。
……いきなり化け物になった……のか?
ゆっくりと歩みを進め、周囲を見渡しながら考える。
可能性としてはないわけではないが、あまりにも急すぎる様に感じた。
むしろ、誰かがこうしたのだと言う方が信じやすい。
しかしもし、トリシャの父親がケイと似たような力をもって、トリシャを次元を超えて取り戻せるような存在になっていたとして、こんなことをする理由があるだろうか。
「……狂ったか?」
血なまぐさい部屋を出て、階段を下りる。神経を集中すると、二階下あたりに明らかに人間とは思えないエネルギーが発生しているのがわかった。
そこを目指して、歩いていく。
「狂っていたとしたら……トリシャには悪いが……」
狂った人間が、ケイのような力を手に入れるほどたちの悪いことはない。しかも今回はトリシャが巻き込まれている。
「今後のためにも――」
二階下に到着した。そこはいくつか大きな会議室が並ぶフロアで、エネルギーの反応は一番奥の、もっとも大きな会議室からしていた。
その中へ、躊躇なく足を踏み入れ。
「消させてもらう」
開いたドアの先には、男が一人座っていた。くたびれたシャツに、スラックスに、白衣。
いかにも研究者然とした男は、ケイをみつけるとぎょろりとその開きっぱなしだった目を向けてきた。
「おきゃくさんかな」
「いや、敵だ。トリシャを返してもらう」
「とりしゃはわたしのものだよ」
濁りのない言葉に確信する。狂っていると、確信する。
「違う。あいつはあいつ自身のものだ。……それで? 手前、どんな力でトリシャをここに引っ張って来たんだ。どうやら下にいるみたいだが」
質問に、男はゆっくりと立ち上がった。
「なにも。ここが、とりしゃのいるべきところ。それだけだ。わたしはそうしんじている。そうでなければならない。だからとりしゃはここにいる」
「なるほど。あんたが考える『トリシャが居るべき場所』に、トリシャを次元を越えようが何しようが連れてくるのか。他の研究員はどうした? 薬でも打ったか」
「いや、わたしととりしゃいがい、いらないから、ああした」
なんの感慨も覚えていない声で男は言う。
本当に、心底、男にとってはトリシャ以外はどうでもいいのだ。
「余計なおせっかいの極み、+自分勝手か」
「おやのこころを、こは、しらない。いつかりかいしてくれるだろう。ここにいるのが、いちばんいい。わたしといるのが」
「それを決めるのはあんたじゃないだろう」
「いや。わたしがきめる」
「ダメな親だ。――やはり殺そう」
「とりしゃはもう、にどと、どこにもいかせない。さらわせない。――しんでくれ」
こつん、と二人同時に一歩を踏み出す。
さらに、もう一歩。
二歩目を踏み出した瞬間だった。
『――――っ』
二人は互いに一瞬のうちに距離を詰めていた。目で追えないような速さで、ケイは顔面、男は腹部を狙った。
しかし互いの手の動きは読み切っていた。飛んできた拳を空いている手で止めると、そのまま拮抗状態になる。
「こもりがちな理系人間に見えたが、なかなかどうして慣れてるじゃないか……!」
「……きみは、にんげんなのか?」
「さて、どうだか、なっ!」
大振りなけりを放つと、男が素早く距離を取る。人間の姿では、互いに筋肉の動きなどから容易く動きは予想できてしまうようだった。
ならば、と。
ケイは体を変化させる。二首の、翼が生えた蛇の姿へと。大きな会議室の中が狭く感じるような、十メートルほどの長さがあるサイズで。
影絵のように真っ黒な蛇のすがたなら、筋肉の動きは読めない。
『これならこっちが有利だ。さぁ、片付けさせてもらおうか』
「では、こっちもおなじようにさせてもらう」
男の両腕が一瞬で真っ黒に染まり、はらはらと包帯のように解ける。解けた腕は、見たことのある小さな黒い手のひらへと変わった。
本体に変化がないのが救いだが、確かにこれでは動きが読めない。状況は五分、ということだろう。
『……面倒な!』
「めんどうは、そっちだ」
再び、二人は接近し互いの首を狙い始める。
強烈なエネルギーを放つそのぶつかり合いは、建物全体を揺らして――
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