第四世界『ほんとうのせかい[Out of the window]』 その2
×ケイ×
「ここ――か?」
次元の穴を通り抜けて、ケイはコンクリートの地面に着地した。その手の中には、ついさっきトリシャを連れ去った真っ黒な穴が差し向けてきた手のひら状の刃の一部分がある。
トリシャに分け与えた『足』と、掴み取ったままにしていた刃の一部分。それらからトリシャの居る世界を探し出して、今いる場所にやってきたのだが。
「……前も来たな、ここは。トリシャと出会った世界か」
立っているのはコンクリートの道路のど真ん中にあるブロックの上。長く続く四車線の道路の左右には店が間を置いて並んでいる。駐車場のスペースが大きいところを見ると、あまり都会と言える場所ではないようだ。
道路の左右に並ぶ店は、どれも錆びついていて時間の経過を感じさせる。内部も荒れていて、手入れがされていないのは一目瞭然だった。
それは道路も同じで、隙間からは強い生命力を持つ雑草が茎と葉を伸ばしている。
「相変わらずの荒れ具合だ……だが、ここに誘拐したやつがいるなら話は早い。どうせトリシャの父親あたりだろう」
ぶつぶつと呟きながら、以前トリシャとであった施設に向かって道路を歩き始める。
その進行方向の数メートル先に、一度目にしたことのあるものが存在していた。
『YYUUYY……』
うめき声をあげるそれは、一応人型をしていた。二本の腕があり、二本の足があり、頭部が存在している。
ただし全身の皮膚は白く変色し、硬化し、盛り上がり。両腕は全長の四分の三ほどの長さまで肥大化して、その両足は人間の本来の関節方向とは逆に曲がっている。
筋骨隆々とした背中にはコブが生え、歩くたびにだぷだぷと左右に揺れる。人間とは思えない容姿だったが、ケイにはわかっていた。目の前の醜悪な怪物が、この世界の人間であることが。
バケモノは、ケイの様子をうかがう様にしながら距離を測っている。その様子は完全に狩りをおこなう獣のそれだ。断じて人間のものではない。
だからやりやすい。
やつあたりがやりやすい。
「今は機嫌が悪いんだ――」
ケイの機嫌が悪いのか。それとも、心の中に転写された創造主の精神の機嫌が悪いのかはわからない。こんな気分は初めてで、ケイにはその区別がはっきりとつかなかった。
だが、どっちでもいい。
今からケイは、その創造主の心を完全に借りるから。
全ては『俺』になるのだから。
「――見逃すと思うなよ、ゴミクズが。この『俺』にたてついて、生きていられるなどと思いあがるな」
心の奥で燃え続けている炎を、表へと引っ張りあげる。
瞬間、ケイの思考は全て創造主である科学者のそれと同化した。
一切の認識が変わる。
記憶は連続していても、そこに存在するのはケイではない。
人を支えるのは認識だ。世界の認識が違えば、それは何が同じでも別の人間。
無機物と作られたケリュケイオンはどこかへと消え。
傍若無人な、誰からも愛されることのなかった孤独の天才が現れる。
「貴様らは俺に愛される資格はない。醜いものは消え失せろ」
手の平の中に蛇の絡み付いた杖が現れる。それを横に振るった瞬間、化け物どころかその背後にあった建物まで、全てに横一文字の一閃が引かれる。
『……AHAA?』
老朽化した建物の上半分が一気に瓦解し始めるのを背景に、化け物も上半身と下半身が別れを告げたことに気付かないまま倒れ込む。
男は、時折杖を振るいながら悠然と歩いていく。杖を振るうたびに、物音につられてやって来た化け物や周囲の建物が、両断され、あるいは不可解な力を受けて突然ひしゃげて壊れていく。
そんな光景を、男の中でケイは見ていた。
今、暴虐を振るっているのはケイにインストールされた開発者……創造者の魂、というより怨念のようなものだ。
その心は常に荒んでいる。『何か』を求めて荒んでいる。
かつて、ケイの創造者は愛を求めていたが、今はそれとも違う。
彼は愛なんてもう求めていないことを、ケイは知っていた。愛を求める上で自分の方法論の一切が間違っていたと悟った時、男はそれを求めるのをやめたと理解していた。
ケイの意識は、創造者の怨念に影響されて生まれたから。
怨念がインストールされた瞬間から、ケイはその一切を熟知している――だがそれゆえに、今心に生まれている不可解なものがひっかかっていた。
晴れないのだ。
創造者に交代し、創造者の心が思うがままに暴虐を震わせても、その熱は収まることが無い。いや、むしろ八つ当たりは熱を余計に上げていくようだ。
不可解だった。
強い感情はいつだって創造者のものだった。影響を受けている自分が強い感情を得たと思っても、いつだってそれは自分のものではなかった。
だというのに。
「なんで……」
気づけば、創造者の魂を奥においやって、ケイは自分の意識を前面に戻していた。
くすぶっているものが、確かにある。追いやった創造者の心ではない、自分の心と言える部分に。
初めてのことで戸惑って、足が止まる。胸の中で燃えるような思いの意味を、考え込んでしまう。
しかしそんなケイの事をあざ笑うように、心の内側から声が聞こえた気がした。
馬鹿の考え休むに似たり――なんて。
神にも手が届いた天才の嘲りが、聞こえた気がした。
「……あなたからしたら、そりゃ、オレは馬鹿だろう」
けど、自分よりはるかに天才だったはずの創造者ですら、心の問題に答えは出せず、思い悩み、苦渋の中で死んでいった。
だから、つまりそういうこと。
馬鹿の考え休むに似たり。
「考えるな、従えってことだ……!」
勢いよく地面を蹴って、ケイは目的地目指して飛んでいく。
初めての、自分の中で燃える激情に押されて。速く、速く。
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