第三世界『空の世界 テソハノラ[tess-O-har-nola]』 その4

×ケイ×


 尻尾の先端まで来て、それからさらに三分も走るとすぐに集落が見えてきた。

 流石に人前で杖から人間になるわけにもいかないので、集落に接近する前にトリシャの手から離れて人の姿になる。


「なんだか、しっかりした家を造ってます」

「崩壊のたびに家を作り直している……って風じゃないな。ところどころ修繕の後はあるみたいだが」


 一つ一つの家は、数日で作り直せるような簡素なものではない。木造の二階建て、外見はログハウスのようだ。ただし、屋根はほぼ並行のようが。

 数はすくない。集落と言っても井戸のようなものを中心として二十件足らずが、所狭しと並んでいるような感じだ。


「人通りはないみたいですけど……その、崩壊というのに備えているんでしょうか」

「かもな。とりあえず、適当に小さな家を訪ねてみよう。あの一階建ての家なんていいかもしれないな」


 適当に目星をつけて、先導するように歩いていく。トリシャもその後をついてきた。

 やがて家の前に到着すると、引戸になっているドアをノックした。


「すまない、誰か居るかっ?」

『はいはい……なんだ、なにかあったのかい』


 奥から返ってきたのは、しわがれた声だった。待っていると、頑固そうな険しい顔つきをした、背の伸びた老婆が出てきた。人間――だろう。衣服で隠れているところまではわからないが、パッと見は白人系の老婆に見えた。


「どちらさまだい? この村の人間じゃないだろう、あんたら」

「アメという●●●●族の者に運んでもらってきた。前の島は完全に崩壊してしまったからな。一時的でいいから、保護を頼みたい」

「……ケイって口が良く回りますよね」


 ケイの口から出た嘘八百にトリシャがぼそりと呟くが、正直者では旅はやっていられない。

 老婆はケイとトリシャをしばらく眉根を寄せてじろじろと見まわしていたが、やがて一つ大きなため息を吐くと踵を返しながら言った。


「ついてきな。もうじき崩壊だ、それが収まるまではおいといてやるさ」

「感謝する」

「ありがとうございます、お邪魔します」


 案内されるままに中に入る。家の内部も木製だったが、壁にはしっかりと板が張り付けられている。ほとんど日本の一軒家と変わらない装いだった。

 予想外の建築技術だった。ニワトリ人間がテントのようなもので暮らしているから、人間も似たような暮らしをしているのだろうと思い込んでいたのだが。


「ま、適当に座りな。ここは安全地帯とはいえ、揺れるからね」

「揺れるんだな、やっぱり」


 勧められた椅子(ほとんど背もたれのついた丸太といった様相のもの)に座りながら、不信がられないようにしつつ話を進める。


「そりゃぁそうさ。地面が割れるんだから、割れない範囲に居るっっていっても揺れないわけがないだろう。……ま、私が若い頃なんかは崩壊のたびに死ぬか生きるかって感じだったから、揺れるくらいどうってことないけどねぇ」

「そういえば、いつごろから崩壊がくるかどうかわかるようになったんですか?」


 一応言葉を選んだ質問のようだったが、トリシャの言葉に老婆は呆れたような顔をした。


「学のない子だねぇ……まぁ、他の島から逃げてきたってことはそこまで技術が発展してるところの人間じゃないだろうし、仕方ないのか」

「オレたちの島じゃ、崩壊は予測できてもどこが安全かまではわからなかった。けど、この村はまるでどこが安全かわかっているみたいだ。なにがどうなってる?」


 聞きたい情報を引き出すためケイが再び適当に嘘を並べ立てると、老婆は詳しく語り始めた。


「……私もそう詳しいことを知っているわけじゃないけどねぇ。崩壊っていうのは、この大陸の外に繋がっている糸の数だけ大地が分割され、そして再び寄り集まって大きな大地になるっていうシステムらしいのさ。大地のエネルギーの再配分……それによって枯渇することなく潤沢な大地が保たれるとかいってたかねぇ……」

「そこまでわかってるのか。それで、なぜ安全地帯がわかる?」

「糸が繋がってるって言っただろう? その糸の位置は、ほとんど変わることがないらしいよ。稀に統合したりすることはあるみたいだけどねぇ。つまり、一本の糸が繋がっている大地の中心部分付近は崩壊の際にもほとんどダメージがなく安全ってわけさ」

「でも、それってわかるものなんですか? 外から見――じゃない、えっと、し、下にはたくさん糸がつながってるわけじゃないですか? その中の一本の繋がっている場所を調べて、しかも大体の中心地点を理解するなんて」


 トリシャの質問に、まぁねぇ、と老婆は勝気な笑みを浮かべた。


「けど、それを成し遂げちまったやつがいるのさ。今はどこの空を飛んでいるかもわからないけどねぇ。いろんな種族をまとめて、道具を作って、研究して……崩壊で人々がばかすか死んでいくのをどうにかしようってねぇ……」

「その人間は、今もどこかにいるのか?」

「だろうね。崩壊の時に空を眺めてれば、運がよければ空を飛ぶあいつらを探せるかもしれないよ。そういう話はよく聞く。崩壊の時こそ、一番活発に活動しているらしいから」


 老婆の話を聞いて、ふむ、とケイは思案した。

 もしかしたら、今から空を飛びまわっていれば運がよくなくても会えるんじゃないだろうか、と。

 同じことを隣に座るトリシャも考えていたのか、ケイの服の裾を軽く引っ張る。


「ケイ、私、その人たちと会ってみたいです。会えなくても一目みてみたい」


 強く望む、まっすぐな目。崩壊という、逃れえない環境にさらされる中で生きる人間の――希望。

 それを見て見たいと、その目は語っていた。


「わかった。行くぞ、トリシャ」

「うん!」

「ちょ、ちょっとあんたたち。行くってどこに行くんだい」


 急に立ち上がったケイとトリシャに、老婆は驚いたように目を見開く。

 それに対して、ケイは真っ直ぐに言い放った。


「強く生きる人間の希望ってやつを、見てくるさ」

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