第三世界『空の世界 テソハノラ[tess-O-har-nola]』 その3

×トリシャ×


 ケイがあっというまにニワトリ人間を撃退してから十数分歩き、トリシャたちはやや開けた場所へとたどり着いていた。林が切り開かれているわけではなく、自然とそうなっているような場所では、多くのニワトリ人間たちがせわしなく動き回っていた。

 さらに、ニワトリ人間だけでなく、巨大な龍のような生物も林の中に横たわっている。

 完全に林の中に隠れているためわからなかったが、全長は十メートルでは足りないだろう。背中には翼が何枚も生えていて、時折ぶるりと震えている。蛇に似た、首元にタテガミのある頭だけを広場に出して、面倒そうな半眼で周囲を眺めている。

 と、その真っ赤な巨大な瞳がトリシャたちの方を向いた。


『おぉおーい……そこの人間、なにをやってるんだぁーい?』

「ケイ、なんか呼ばれちゃってます」


 ケイはトリシャの言葉に反応して、周囲を見渡す。おそらくニワトリ人間たちのことを警戒しているのだろうが、忙しいせいか、人間がいることが別に珍しくもないからか、一瞥をくれるだけで特に警戒もしていないようだった。


「一度中に入ってしまえば別に関係ないってところか。呼ばれたことだし、あの大きな蛇の方へ行ってみるか?」

「はい。丸のみにされないか楽しみです」

「出てくるの大変だぞー、丸のみって。巨大生物の内粘膜は頑丈だからなぁ」

『なにを物騒な話をしてるんだよぉーおー? 飲み込まないってばぁー』


 周囲に響くような低い声音で呆れたように言う。それを聞きながら、トリシャとケイは巨大な蛇の元へと向かった。


「はじめまして、蛇……さん?」

『蛇じゃないってばぁーあー。僕はねぇー、●●●●って種族なんだよぉー』

「……すみませんケイ、今なんて言いましたこの方」


 流暢に耳を素通りしていった謎の単語に、トリシャは数秒悩んでから眉根をよせてケイに尋ねた。


「別に聞こえなくても問題ない。たまにあるんだよ、翻訳出来ないのも――名前を教えてくれないか、●●●●族の」


 聞こえなくても問題ないと言いつつ、自分はあっさりとその言葉を口から出す。しかし、ケイの口からきいてもさっぱり聞き取れなかった。そのことが少し悔しくて、むぅー、と口を少しだけとがらせる。


『名前―……アメキィストゥヌだよぉーおー。長いしぃー、アメでいいかなぁー』

「えと、それじゃあ、アメさん。ここの人たちはみんな、何をやってるんですか? 見た所、キャンプかなにかを畳んでいるみたいですけど」


 機嫌を直して尋ねると、アメキィストゥヌ――アメというらしい蛇は、わずかに頭部を揺らした。


『ふぅーん? 学のない人間も、いたもんだぁーねぇー? これは、島渡りの準備ってやつぅーさぁー?』


 ……さっきも言ってましたね、島渡りって。


 どうやらこのニワトリ人間の人たちは、定期的に他の島に移動するらしい。


『それより、人間の村はぁー、ここから遠かったはずだよねぇーえー? いいのかなぁーあーあ? もう数刻で崩壊の時間だし、さぁー? 人間は、飛べないだろぉー? 僕、お代をもらってないやつはのせないよぉーおー?』

「いや、オレたちは飛べるから問題ない。……だがまぁ、人間の村には戻っておきたいところだな。方向はどっちか教えてくれるか?」

『ふぅーん? 飛べる……それって、本当かなぁーあー?』

「見せます?」

『……そぉーだー、ねぇー? 村への道を、教えるお代ってことで、少しぃー、見せてもらぉーかぁーなぁー?』

「トリシャ、浮くにしても三十センチくらいにしておけ。あまり目立つと騒ぎになるかもしれない」

「わかりました」


 頷いてから、一瞬目を閉じる。そして念じると、目を開いた時には足には黄金の足鎧が装着されていた。

 それから、目の前、空中三十センチほどの所に足場をイメージしつつ――踏む。


「どうでしょう」

『……へぇー……ついに人間もぉー……ここまできたのかぁーあー』


 感心したような声を聞きながら、すぐに空中から降りて足鎧を消す。周囲を見るが、注目が集まっている様子はなかった。


「オレたちが特殊なんだがな」

『いやぁー、それでもぉーおー、人間の知恵には驚かされるよぉー。よしよし、では、村の方向を教えてあげよぉーかぁーなぁーあー』


 アメがそう言った途端、ずずずずず、と地響きのような音が響き渡る。どうやら、アメが体を動かしているようだった。


『僕の尻尾の先端をー、村の方にむけておいたからぁーあー。尻尾を伝って、行くといいんじゃぁー、ないかなぁー?』

「ありがとうございます、アメさん」

『いーぇえー。いいもの見せてもらったおれいー、ってぇー、やつさぁーあー? ま、空飛べるならぁー、後でまた、会えるといいねぇーえー?』


 またねー、という言葉とともに、林の中から巨大な三本指の手が突きだして軽く振られる。


 ……手、あったんですね。


 苦笑気味にそれを見ながら、手を振りかえしてその場を後にする。

 顔の横を通り過ぎて林に再び入り、その巨体に沿うようにして歩き始めると、ふとケイが口を開いた。


「……それにしても、気になることを言ってたな」

「はい? なにか言ってました?」

「もうすぐ崩壊の時間、って言ってただろう。もしかしてこの島……いや、この世界に存在する島は全て、定期的に崩壊してるんじゃないかと思ってな」

「それで島渡りですか。一時的に空に避難してから、また他の島に渡ると」

「そういうことだろうな。しかし、だとしたら人間はどうやって暮らしているんだ……?」


 確かに、この世界の人間は飛べないと言っていたし、島が崩壊するならばどうやって暮らしているのかは気になるところだった。


「実際に聞けばわかりますよ」

「ま、そうかもな。まずは人間の村って場所に急ぐか……トリシャ、オレは杖になるから、走っていけるか? このままじゃ日が暮れそうだ」

「んー、ちょっと足場が悪い気はしますけど……確かにそっちの方が速そうなので、それで」


 ケイが楽をしようとしている、とはトリシャは思わない。

 実際にはケイがトリシャを抱えて走った方がよほど速いだろうと思うからだ。そうしないのは、おそらくトリシャに負担をかけないため。

 結局、ケイが杖になって、それを持ってトリシャが自分のペースで走るのが一番いいのだろうと思う。


「よし。それじゃ――」


 ケイが一瞬で杖に変身する。その体を掴みながら、トリシャも黄金の足鎧を出現させた。


「改めて――出発!」


 そしてトリシャは一瞬足に力を溜めて、勢いよく林の中を疾走し出したのだった。

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