第三世界『空の世界 テソハノラ[tess-O-har-nola]』 その2

×ケイ×


 てくてくとトリシャとたっぷり一時間ほど使ってゆっくり移動し、ケイたちはようやく一つの島に到着した。遠目にはわからなかったが、到着してみるとなかなか大きい。

 島の端は完全に切り立った崖状態で、この世界の住人は落ちたらどうするのだろうと少し思った。


「到着、っと。はぁ……ちゃんと足がつくって、いいですねぇ」

「ついこの間まで足が無かった人間の台詞ではないな」


 疲れたのかその場にへたり込むトリシャの手から離れ、人間の姿をとる。


「だからこそです。足を得て、その安心感を理解したから余計に足がつくことがいいなぁ、って感じるんです」

「そういうものか? 疲れただろ、ほら、水だ」


 適当な次元からペットボトルの水を取り出して渡すと、小さくを頭を下げてから受け取ってトリシャはそれをこくこくと飲み下す。


「んっ……ふぅ……ありがとうございます。大分回復しました」

「そうか。それじゃ、まずは少し島の中央に向かって移動してみるぞ。多分歩いているうちになにかしら住人が見つかるだろう」

「そうですね」


 トリシャからペットボトルを受け取ってから異次元に投げ入れ、共に歩き始める。

 島の端周辺は岩肌剥きだしという感じの地面だったものの、十メートルも歩くと緑がちらほらと足元に見え始める。そしてすぐに、林と言って良いような場所に出た。

 道と言えるものはないものの、時折地面に足あとが残っているのをケイは見逃さなかった。一応周囲に注意を払いながら進むものの、ふと後ろを見ればトリシャは興味深そうに周囲の木々を眺めていた。無防備すぎて襲われそうだ。


「おい、トリシャ、少しは注意しながら歩いたほうがいいぞ?」

「え? あ、はい、すいません。木がこんなにたくさんあるのを見るのが初めてだったので……日の光というのは、強いんですね。折り重なった木の葉が透けるなんて、なんだかすごいことのように感じます」

「発電の元に出来るくらいだからな。大体、どんな世界にも太陽に近い天体は存在するし。おそらく、そういうものが存在するのがある程度発展した生物が存在しやすい環境の条件なんだろうが」

「私の世界にも、太陽はあったんでしょうか」


 ふと、思いついたようにトリシャはつぶやく。

 それに、ケイはトリシャが居た世界を思いだし、その状態を思い出し、それらを頭から追いやってから答えた。


「あったぞ。ここと違って一つだけだったがな」

「なるほど。私の世界は、私が学んだ通りのものだったようですね」

「トリシャの学んだ世界がどんなものかは知らないが、そうかもしれないな」


 少しだけ歩みを早める。しかし相変わらずトリシャはゆったりとした歩調で、少し歩みを速めただけであっという間に数メートル距離が離れてしまった。

 如実に行動に表れてしまっている同様に、ケイは小さくため息を吐く。

 ……別に、隠すことでもないんだが。

 トリシャの世界のこと、その状態。おそらくケイの知っているトリシャの世界の状態と、トリシャの学んだという知識には大きな差があることにはなんとなく気づいていた。

 ケイの知っている外の状況が確かならば、あんな風に育つことはないだろうというか――


「……いや、外とか関係なくトリシャはあんな性格になってたか」


 は、と小さく苦笑する。そんなケイの呟きが耳に届いたのか、数メートル後ろでトリシャが叫んだ。


「ケイー? 何か言いましたー?」

「いや、なんでもな――」

 い、と。


 言いながら振り返って、目に入った光景に全身が一気に警戒態勢になった。

 林に紛れるような色であったために一瞬反応が遅れたが。

 トリシャの周囲に、何人も、人型の生物が存在している!


「トリシャ、早くこっちにこい!」

「はい?」


 慌てて叫ぶも、トリシャはむしろ不思議そうに首をかしげて歩みを止めてしまった。

 それで周囲の生物も気づいたのか、動きはじめようとしたのがわかった。


「ちっ……判断を誤ったかよ!」


 一気に全身をフル稼働させて、一瞬でトリシャの隣へと駆けよる。その速度に、今まさに襲い掛かろうとしている生物たちから驚きの空気が漂って一瞬動きが鈍った。

 その隙に、相手の観察を一瞬で終了する。

 生物は二足歩行、腕は二本と人型。ただし足は逆関節、腕の下には蝙蝠の翼のような膜が張っている。体は鱗のようなもので包まれていて、衣服は簡易。そして頭部は緑のにわとりと言うのが近い感じだった。

 要素だけ見れば完全にキメラだが、まとまりがあってちゃんと一個の生命体に見えるのは相応の進化の歴史の積み重ねがあるからだろう。

 だがだからこそ――


「動きは読める……っ」


 相手は徒手。だが鋭利な爪。関節の可動範囲は人間とほぼ同じだが、足だけは注意。筋肉は細身なため普通の人間と比べると少ないように見えるが、脚部は特に瞬発力に優れる。

 それから、それから、それから――いくつも情報を並べ、それを元に相手の肉体の全てを見透かしていく。

 殴りかかってくる。かわして腹を狙って蹴りを入れ、後ろから頭に肘を叩きこみ気絶させる。

 トリシャを狙ってくる。身を低くして移動し、腹を殴打して気絶させる。

 二人同時――足を狙って転ばせてから、頭に追撃。

 相手の動きをほぼ予測した動きで、一気に襲い掛かってきた数人を片付けていく。

 一分もするころには、その場に立っているのはケイとトリシャだけになっていた。


「ケイ、強かったんですか」

「人型生物に負けるようじゃな。たまに大型の化け物も居るからこの程度は自分で片付けられるようになった方がいいぞ」

「護身術の心得はないもので」

「体は緊張してなかったみたいだし、とりあえず怪しい奴は蹴ればいい。それで大体終わる」


 暢気に会話をしながら、さて、とニワトリ頭の人型生物に歩み寄ってその体をあさる。


「武装してないな。金の類は……無しか。金銭の概念がないのか?」

「ニワトリ人間さんですか、この世界の住人は」

「かもな。とりあえず一人起こすか。トリシャ、足を押さえておいてくれ」


 わかりました、と返事をしてトリシャがニワトリ人間の足首を押さえる。

 ケイは腕の方を足で軽く踏みつけながら、頬にあたる部分を叩いた。


「おい、起きろ」

「う、うう……? と、盗賊……め……なんだ……?」

「別に盗賊じゃない。あとオレたちのことはどう見えてる? 羽はあるか?」

「は、ね? 何言っている……人間」


 いぶかしむような声音でニワトリ人間は言う。この世界にはどうやら、このニワトリ人間の他にケイたちと同じような姿をした『人間』がいるようだ。それも、主な住人としてカウントされる程度の人口が。

 そうでなければ、認識補正がかかってケイたちの姿はニワトリ人間と同じように見える。


「で? なんで急に襲ってきた」

「まさか、ただ、散歩でもしてたのか?」

「いいから答えろ」

「……知ってるだろう……いや、知らないのか、若い奴は……今の時期は、島渡りが近くて忙しい……だから、俺たちのような渡り鳥の種族はばたばたしていて……その隙を狙って、窃盗を行おうとするやつが、他の島から来たりする……」


 まだ頭がふらつくのか、途切れ途切れにやや焦点の合っていない目線で語る。

 それを聞いて、トリシャも横から口を出してきた。


「島渡りって、なんですか?」

「……? 知らないのか、それも……島が離れるのは知っているだろ? それに合わせて俺たちは移動する」


 いぶかしむ様な声音ながらも語ってくれる。トリシャはまだ聞きたいことがあるようだったが、これ以上聞くと怪しまれると思ったのか口を閉ざして足を離した。


「ケイ、行きましょう。そろそろみなさん起きそうですし、そうすると説明とか大変じゃないですか」

「そうだな。おい、お前、俺たちは別に盗賊でもなんでもないから、適当に仲間には説明しておいてくれ」

「あ、ああ……人間にやられたなんて報告できないし、そう言っておく」


 ニワトリ人間に命令してから、ケイはトリシャを伴って再び歩き始めた。

 まずは、ニワトリ人間たちをもう一度見つけてみようと思いながら。

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