第二世界『海と漁の町 フォスクリウ・トア[foschriu-toua]』 その6

×ケイ×


 イリュからなるべく人気のない、漁ができる場所と時間を教えてもらい、ケイはトリシャと共に海岸までやって来た。

 時刻は昼過ぎ頃。この世界では昼食をとるという習慣がないらしく、昼は休憩時間――二時間ほど睡眠をとって午後の仕事などに備えるらしい。当然その間は漁もしていないため、人に見つからず漁が出来ると言うことだった。


「ま、オレたちが今からやるのは漁でもなんでもないんだがな」


 砂浜でイリュに作ってもらった漁場の大体の位置が記された地図を見ながた呟く。

 文字は読めないだろうが、大体の位置を覚えるために地図を覗き込んでいたトリシャが不思議そうに首をかしげた。


「一本釣りでもするかと思ってたんですけど、違うんですか?」

「二時間じゃあ、一本釣りだとかからない可能性もある。だから、もっと可能性の高い方法でいくぞ」

「というと……」

「さっき言っただろ? 練習だって。これからお前が世界を旅する中で役立つものを一つ覚えてもらう」


 話しながら、ケイは自分の体を羽を生やした二首蛇のまとわりついた本来の姿へと変身させた。そして、ふわふわと移動してトリシャの手の中に収まる。


『まずはコイツだ、見て驚くな』


 きょとんとしているトリシャの表情を見ながら、体を切って分け与えたトリシャの足に存在している機能を引き出す。

 果たして、その機能は無事に解放され、トリシャの足は変化を始めた。


「わ?」


 驚きの表情を浮かべたトリシャの足、ブーツが溶けるように変形して、太ももの中程から下を全て包み込む黄金の足鎧になる。足鎧の足首からは左右それぞれ二枚ずつ、計四枚の翼が生えていた。

翼は物理的に存在しているものというよりは、なにかエネルギーの塊のようなもので、ゆらゆらと揺らめいている。


「なんというか、いわゆる空飛ぶ魔法少女みたいな感じですか? これ」

『魔法少女って言うには少々ごついがな。認識としちゃ間違ってない。こいつをつかえば空を『歩く』ことが出来る――ヘルメスの黄金のサンダルというやつだ』

「サンダルでもないですけど」


 ふふ、と小さく笑う。だがその表情を見る限り、デザインなど悪くは思っていないようだった。元は完全に金色一色なのだが、デザインにも気を遣って多少白色でラインなどをいれたのが良かったのかもしれない。


『それを使って今から飛ぶ練習をする。飛ぶというか、歩くだな。空中を一歩踏んでみろ』

「説明がアバウトでさっぱり意味が伝わりませんけど……こうですか?」


 一歩前に踏み出す。……そのまま砂の上を足が強く踏みしめた。


「全然歩ける感じじゃあ……ないと思います」

『流石に説明が適当過ぎたか……あー、あれだ、目の前に立てる場所があると思いながら足を踏み出してみろ。なんなら、目をつぶって、そこに階段があると思いながら歩くのでもいい』


 空を飛ぶ、というか歩くこの機能は、ケイの持っている機能の一端だ。


『お前は世界を立体パズルのようなものと認識していただろ? それと同じようなものだ。空気は踏める。自分が普段見ていないが、足場がいくらでもあって、そこを踏んで歩ける。そう思えよ。オレの力によって、今のお前は――その認識を世界に押し付けられる』


 ケイが巡る世界は、ケイのもつ世界観をそのままケイの機能で形にしている。

 物質的なものに、空間的なものに、上位の存在としてその『世界』をねじ込んでいる。

 これは、その縮小版なのだ。


『共に見下ろした世界を思いだせ――世界はそういうものなのだと思えばこそ、お前は空を踏めるんだぜ、メギストス』

「空を、踏む」


 トリシャが目を閉じる。そして再び、翼の生えた足で一歩を踏み出し――

 今度こそ、空を踏んだ。

 反対側の足も一歩踏み出す。すると、二十センチほどだが、完全に空中に浮かんでいる状態となる。

 そうして、恐る恐ると言った様子でトリシャは目を開け。


「う、いて、ます?」

『ああ。上出来だ。そのまま海の上まで歩いて行け』

「高所恐怖症ではないと思ってたんですが、なかなかスリリングな気分です」


 ぎこちない動きで、一歩一歩トリシャは階段でも上るように空中を進んでいく。

 そして空中五メートルほどのところで、会場を二十メートルほど直進し、止まった。

 ほっと一つため息を吐くと、ようやく空中を歩くということに対する緊張が抜けてきたようだった。


「はぁ~……なんだか、すごいことをしている気分です。というか実際、すごいです。ケイはいつもこんなことしてたんですか?」

『空中を移動できないと困ることも多々あったからな。オレはどんな格好でも飛べるし、そもそも足場なんてイメージしなくても大丈夫だが』


 トリシャの手から離れて、杖のまますいすいと空中を動き回って見せる。実際には、足のある姿をとっている時には靴を造らないと少々安定しないのだが嘘はついていない。そのあたりの理屈は説明すると長くなる。


「流石にそこまで自由に飛ぶのは無理そうです。それで、どうやって魚を?」

『そうだった。まずは地図に書いてある漁場へ行こう』


 再びトリシャの手の中へ。それから羽を一振りすると、地図がひらりと出てきた。


「わ、っと。危ない危ない」

『ナイスキャッチ。字は読めないだろ? 案内するからその通りに歩くんだ』

「はい」


 トリシャに握られたまま地図を見て、指示を出し案内する。

 十分も歩くと、大分浜から離れた漁場へと到着した。


『よし、大体この辺りだな。始めるぞ、トリシャ。杖の端のあたりを持ってくれ』

「こうですか?」

『ああ。両手でしっかりとな。今から魚を上げるから、上手くキャッチしろ。暴れたら蹴り殺せ。金のサンダルを履いてる間は脚力が尋常じゃないくらい上がっているはずだからな』

「蹴りころ……は自信ないですけどとりあえず了承するとして、上げるって一体」

『こうするんだ――よ!』


 体を伸ばし、海に向かって二つの頭を落とす。杖の状態での蛇の頭は、胴体の途中から二股になった先についている。

 よって二股に別れた先を伸ばして海に潜れば、捜索範囲二倍で素早く魚を見つけられるという作戦だった。体調五メートルくらいまでなら、十分ケイの体でも引き上げられる。


 ……さて、獲物はどこにいるかな。


 体をくねらせ水中を進んでいく。四つの目は広く暗い海中を捉え、進んでいく。

 何匹か魚は寄ってきたものの、あまり大きくなかったため適当に頭突きをして追い返す。

 そんなことを五分も続けていると、ふと、妙なものが片方の頭の近くを横切った。


『食われてる……?』


 それは、尻尾側が食べられている魚だった。しかも、周辺には似たような死骸がいくつか漂っている。これは近くにいるようだと、ケイは死骸を見つけた頭の方にもう一方の頭も近寄らせた。

 二つの頭で周囲の水流を細かく感じ取る。すると、大型魚が回遊する気配があった。

 その気配を逃さず、視線を巡らし。


『……居た!』


 目標の魚を、発見した。

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