第二世界『海と漁の町 フォスクリウ・トア[foschriu-toua]』 その4

×ケイ×


「トリシャのやつ、もう寝たのか」

「ええ。よっぽど疲れてたみたいね。だからお風呂に入ってしまって?」

「わかった。少し準備するから、一度部屋をでていてくれ」


 返事をして一度部屋を出るイリュ。覗き見されてないか確かめながら、異次元の穴を一瞬開いて洗面道具一式を取り出す。


「待たせた。案内してくれ」

「どこから取り出したの? 身一つに見えたけど」

「企業秘密だ。あまりつっこまないでくれると助かる」

「なら聞かないけど。お風呂はこっちよ」


 部屋を出て、風呂場に案内してもらう。イリュの民宿は二階建てで、二階は客の部屋が三つ、一階はイリュの生活スペースとキッチンや風呂、トイレなどがあった。

 トイレなどを使ってみたが、上下水道が整っているようで動力には魔石が使われていた。見た目は和式トイレに近く、まぁまぁ清潔な作り。

 キッチンで水ももらったが、普通に浄水レベルの綺麗な水だった。浄水施設を通しているということだったが、あるいは、元々自然環境が綺麗な世界なのかもしれない。

 とにかく、普通に生活する分には十分快適らしいということがわかった。

 残りは風呂――どんな作りになっているのだろうかと少し期待しながら入ると、他の部屋より広い作りになっていた。深さ五十センチないくらいの浅い浴槽があり、隣に洗い場。洗い場の床と浴槽の縁の高さはほとんど変わらない。まるで足湯のようだ。

家の他の場所は壁が基本レンガだったが、風呂場は壁が木製(おそらく貼り付けてあるだけだろうが)、床は磨いた石をしきつめて隙間を粘土のような何かで埋めたような作りになっている。

 魔石のほんわりとした明かりも相まって、なかなか雰囲気のある浴場だ。換気扇などはないが、脱衣所には窓があり、早速イリュはそこを開けて換気の準備をしていた。


「では、私は外に出ていますので、ごゆっくり」

「ああ」


 イリュが脱衣所から出て行ったのを見送ってから、服を脱いで浴場へと。

 この浅い風呂の入り方はイマイチわからなかったが、まずは体を洗うべきだろうと備え付けのボディーソープと異界の言語で書かれた瓶をとり――


「失礼します」

「なにっ?」


 突然背後で締め切っていたはずの木製のドアが開く。

 慌てて振り返るより先に、ひんやりとした、そして柔らかな感触が背中全体に触れた。


「お背中を流しに参りました」


 そこには妖艶な笑みを浮かべるイリュ。その表情を見て、ケイは今までの経験から何をしに来たのか概ね悟った。


「それもこの民宿のサービスか?」

「ええ。普段なら追加サービスだけど、ここ一週間くらいはお客さんも居なかったからサービスよ。しかもこのサービスを受けてくれると一日分宿泊費がタダになっちゃう」

「完全に自分の欲求優先だな」


 呆れ気味に言うと、わずかに硬い感触の混じる双丘が強く押し付けられた。


「仕方ないのよ。婚期を逃して出産してないから、体を持て余しちゃって」

「適当に男捕まえればすぐ結婚できそうなものだけどな、綺麗なんだから」


 言うと、イリュはさびしそうな、自嘲のような笑みを浮かべた。


「海種は二十を過ぎると出産能力が下がるの。だから海種の男には相手にされない。陸種の男とだと半々で奇形になっちゃう。そもそも、陸種の人相手だとほとんど妊娠しないのよ。まぁ、だから遠慮なく宿泊相手をつまみぐい出来るんだけど」

「なんだ、子供が欲しいのか」

「はっきり言うわね。まぁ、それは欲しいわよ。でも、出来ないからその前の行為だけで満足してるの」


 諦め気味なイリュの言葉に、はぁ、と大きくため息を吐く。

 子供程度なら、ケイには解決方法がいくらでもある。たとえばイリュの遺伝子から作ったコピーをお腹の中に宿させる――とか。その程度なら三秒もあれば終わる。多分『行為』の最中に行えば絶対にバレないだろう。

 ……ただ、誤魔化すとなるとなぁ。

 どうせだから人助けと思ってやりたいところだが、ケイは行為を行えない。やろうと思えばできるのだが、何と言うか気がそぞろになりがちなのだ。元が機械だからかもしれないが。

 となると一つ『仕掛け』をしなければいけないのだが、それが少々ケイが好まない方法だった。なにせ後に問題が残りすぎる。

 しかし頭を悩ませる間にも、イリュは体にボディソープを塗りたくり、その持て余した官能的な美しい肉体を擦り付けてくる。


「ほら、余計なこと考えてないで……あなたも男なら、好きでしょ? こういうこと」

「……はぁ。仕方ない。気は乗らないが相手をする。ただし宿代は全部タダにしてくれ。割に合わない」

「酷いわね。そんなに魅力ない?」

「いいや、こっちの問題だ――」


 目を閉じる。そして、ケイは自分の心の中から渦巻く『炎』を汲み上げ、組み上げ、形成する。

 再び目を開けた時には、視界に映る全ての感じ方が一変していた。それは言うなれば、クオリアの変化――『感じ方』の全てが、元のケイとは何もかもが変わっている。

背中に感じる柔らかな感触にも、暴力的なまでの衝動が一気に湧き上がってくる。

 そんな「別の誰か」を心のどこかで諦めたように冷静に眺めながら、別人と成ったケイは乱暴な口調で言った。



「――やるなら疾く始めるぞ、女。『俺』の相手を務められることを喜べ。愛してやる」

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