第二世界『海と漁の町 フォスクリウ・トア[foschriu-toua]』 その2
×ケイ×
「すまない。この辺りに宿はあるか?」
十分ほど歩き回り、よそ者に敵意を持つような反応があまりないかどうかを確認してから、ケイは適当なこの世界の住人を捉まえた。
いきなり声をかけられた、体つきを見る限り若い男性と思われる住人は、特に驚く様子も無く気兼ねない声音で応えてくれる。
「この辺りは民宿くらいかな。なんなら知り合いの民宿を紹介するけど」
「それはありがたいな。是非案内してほしい」
「はいはいっと。そっちの御嬢さんも一緒でいいんだよな?」
「はい。よろしくお願いします」
トリシャが頭をさげると、にまぁ~、と男は顔を緩ませた。
「いやぁ、可愛い彼女連れで羨ましいなぁ。その金髪も綺麗だし。見た感じ陸種の人みたいだけど、旅行?」
男の言葉を聞きながら、ケイは頭の中でこの世界の情報を整理していく。言葉の節々からも、この世界の情報が読み取れて面白い。
旅をしている中で、その世界がどのような状況なのかを徐々に知っていくのは楽しみの一つだった。
「彼女ではないんだけどな。連れというか。旅行は合ってるよ、徒歩だから時間がかかっているんだけどな」
「通商の車に乗ってくるくらいしか、この町に来る方法はないから、まぁ徒歩だとは思ったよ。よくその軽装で野宿やらなにやらしてここまで来れたな」
「野宿は得意なものでな」
宿へと先導してくれる男と話しながら、情報を揃えていく。
わかったことその1。ケイたちの姿はほとんど元の姿と同じように見えている。
その2。おそらくほとんど同じに見えている理由は、完全な人間の姿をした『陸種』と言う生物が存在するから。
その3。住人たちは『海種』という種族らしい。
「しかしこの町は街灯が多いな」
「そりゃ、かなり強い魔石の充電場(じゅうでんじょう)があるからな。近郊の町も、充電場が弱いところだとこっちに石運んできて充電してくくらいだし」
「……多分魔力的なものを満たすのに充電場とはこれいかに」
後ろを歩いていたトリシャが納得いかないという顔でつぶやいていたが、その辺りは翻訳上そう訳すしかないためにそうなっているだけなのでどうしようもない。
言語の壁とは大変分厚いものなのだ。ケイの世界をつくるほどの力をもってしても。
そんなことを考えながらも、会話を続ける。
「魔石……この町は魔石の充電で稼いでいるのか?」
「そうだな。町の整備やらなにやらに当てられる金はほとんど魔石の充電かな。魔石がないと生活が成り立たないし、よっぽど大きな変革が無い限りは町の収入は安泰だよ。ま、たとえ充電場の収入がなくなっても漁業は出来るからくいっぱぐれはないけど」
「主食は魚なんですか」
食べ物の話になったからか、トリシャが口をはさむ。男は嬉しそうな顔で黒目を輝かせて説明してくれた。
「おうとも。基本、食事は魚と海藻。海藻は養殖もやってる。あと、たまに大型生物を捕獲して食べる感じかな。……てか、もしかして俺たちみたいな海種には会ったことない? 主食くらい知ってると思うんだけど」
「ああ、陸種ばかりのとこで育ったからな。海種の人にあうのは初めてだよ」
適当に話を合わせると、ふぅん、とあいまいに頷いた。なにか怪しんでいる、というよりも不思議に思っているようだったが、目的地が近くなったのかすぐにその表情はさっきまでの明るく人当たりがいいものに変わった。
「着いた。そこの看板出してる家が知り合いの民宿だ」
「ケイ、あれなんて書いてあるんですか?」
「民宿、宿代の代わりに労働可、みたいなことが書いてある」
一応民宿の名前も書いてあったが、人間には発音が難しい音であったため省いて情報を伝える。
民宿があるのは町の外に出てしまう少し手前のところで、町の外に通っている大きな一本の道路が見えた。道路と言ってもコンクリートではなく、砂利が敷き詰められた道だが十分歩きやすく整備されていると言えるだろう。町の中のようにレンガで道を作っていてはキリがないだろうし、砂利を詰めておくくらいがちょうどいいのかもしれない。
町と道路の境にはレンガで低い境目が作ってある。座るにはちょうど良さそうな高さだった。
その境目と、少し遠くになった海の方を見てケイは町の全体図を大まかに想像した。海に沿って広がった細長い形状の町。どうやら、かなり小さな町のようだ。おそらくこの町の他にもいくつか町をめぐらないと、世界の境界は越えることはないだろう。
……三日、いや、四日くらいはこの世界を旅することになるか。
何日ほどこの世界で暮らすことになりそうか考えながら、案内してくれた男に続いて民宿の中へと入る。
「おーい、イリュさーん。お客連れて来たぞー」
「はーい? あら、シノちゃん」
「わ、綺麗な人です」
男に呼ばれて出てきたのは、種族が違えど美しいと思える容姿の女性だった。トリシャがついそんな声を漏らす程度には美しい。スレンダーだが女性らしい丸みを帯びた肢体を、白一色のペンシルワンピースのような服で包んでいる。
「お客さん。しばらく泊まりたいってさ」
「あらあら、可愛い子たちね。はじめまして、私はイリュ。この民宿を経営してるの。と言っても、通商のおじさんたちくらいしか泊まらないんだけど」
だから珍しいわ、と言いながら手を差し出してくる。トリシャがその手をとろうとしたが、それを制してケイが先に握手をした。もしもなにか接触に関して問題があったらまずいためだ。
「オレはケイ。こっちのツレはトリシャ。よろしく頼む」
握手を交わした手のひらはひんやりとしていたが、30度ほどの体温を確かに感じた。肌の感じは多少しっとりしているものの、人間のそれと大幅には変わりない。体質的に毒を排出していたりもしないようだった。
ケイが手を離すと、今度こそと言わんばかりにトリシャも勇んで握手をする。
「真木トリシャです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくね。私はイリュっていうの。こんなおばさんだから、流行りの話とかは出来ないけど、楽しくやりましょう?」
「おばさんというような年齢には見えませんけど……二十歳はおばさんではないですよ?」
「あら、ありがとう。でも私、これでも三十なのよ」
えっ、とトリシャが驚いて声をあげる。ケイも声は漏らさなかったものの、少し目を見開いた。とても三十歳を回ったような容姿には見えなかったからだ。
「……海種の人間と会うのは初めてだから聞きたいんだが、海種の人間は皆陸種の人間よりも若々しいのか?」
案内してくれた男に尋ねると、うん、と頷いた。
「俺も四十歳だし。代わりに寿命が短いんだよ、陸種の人間より。しかしあんたら、ホントに俺たちのことなにも知らないんだなあ。よっぽど山奥の田舎出身か?」
呆れたように説明されて、はぁ、とトリシャと一緒に感嘆の息を吐いた。
ケイはこれまでも何度かこういう事態には遭遇したことがあったものの、しかし、やはり事実をこの目で確認すると、何度でも驚きを覚えてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます