第二世界『海と漁の町 フォスクリウ・トア[foschriu-toua]』
第二世界『海と漁の町 フォスクリウ・トア[foschriu-toua]』 その1
×トリシャ×
「ひゃぁ!?」
「おっと」
トリシャが抱き着いたケイとともに投げ出されたのは、柔らかくもざらざらとした場所だった。トリシャはしがみつきながら尻もちをついたあげく、ケイから手を離してしまい前のめりに転んでしまったが、ケイはバッチリ膝を使って着地していた。
さっきまで乗っていたはずのバスはどこにもない。背後に今もある、靄のような壁を通り抜けられるのがトリシャとケイだけだからなのだろう。電車は危険と言っていた意味を、今更ながらに理解する。
電車のスピードで――トリシャは乗ったことがないが、速いのはわかる――世界の仕切を越えたら、確実に着地を失敗して酷いことになるからだ。
「ぺっ、ぺっ。なんですかこれ……ゴミ?」
「砂だ、砂。ゴミとか言うな」
起き上がり、口の中に入ったざらざらした物体を吐き出しながら言うと、ケイが呆れたような声を漏らす。オレンジ色の夕焼けに照らされる中周囲を見渡すと、まわりは砂で埋め尽くされていた。
そして視線を左右に振れば、広大な水たまり。
「これは……海辺ですか。そしてこれが砂……まずいです」
「食いもんじゃないからな。ほら、水」
「ありがとうございます」
恐らく前の世界でお金を取り出したようにどこかから取り出したのだろう、渡された水筒の水を使って口をゆすぎながら立ち上がる。口に含んだものを吐き出すと、改めて自分と、そして周囲の状態を確認した。
「怪我は……ないみたいです。というか、ぶつけた割に全然お尻痛くないような」
「服はオレが生み出したものだからな。ただの服とは違う。ナイフくらいなら防げるぞ」
「なるほど。それでここは、どこですか?」
砂、海、そしてちょっと遠くに明かり。人通りがあるようには見えなかったが、明かりがあるところには何かしら文明がある……はずだ。異世界なのでどこまで常識が通じるかはわからなかったが。
「見た感じ漁港という感じだが、さてな。まずはこの世界の情報を集めて、宿を決める。できれば街に入るのは昼間にしたいから、人が居なくて屋根のあるところがあったらそこを勝手に借りたいところだな」
「わかりました」
水筒を返し、歩き始める。ケイの足先は明かりのある方へと向いていた。
「ところで、なんで昼間に入りたいんですか?」
横を歩きながら尋ねると、何か苦い思い出でもあるのかケイは少し顔をしかめた。
「この世界の住人が安全かどうかわからないからな。一応オレたちの姿は、その世界の住人とどんなに姿が違っても『違和感なく』受け入れられるように暗示がかかるようになってるが……よそ者ってだけで厳しいところもある」
「なにか失敗でもしたんですか? 昔」
「少しな。危うく体を噛み千切られるところだった。……そうだ、今言った暗示と似たような施術を既に施してあるから、言葉は通じる。会話の心配はしなくていい。文字は読めないだろうが、なにかあればオレが翻訳する」
「それは安心です」
言葉のことなんてさっぱり考えてなかったトリシャだったが、確かに異世界ならば言葉は通じないと考えるのは当たり前だった。
なにかと万能な機能を持ってる杖だなぁ、世界をつくるだけあるなぁ、なんて暢気に想いながらそこそこな時間歩いていると、街並みが近くなってきた。
夕暮れ時は短く、歩いているうちに日はほとんど沈んでしまっていたが、ぽつぽつと立つ街灯の下には稀に人影があった。
「街灯、火を使っているみたいですね。ゆらめいてますし。電気がないんでしょうか」
「いや、人間の目じゃ判別できないだろうが、あれはトリシャが知ってるような『火』に属するものじゃないな。エネルギーの性質が違う。熱は無く光だけ発する……何度か見たことがあるが、オレの世界にあった魔法ってものに似てる」
「えっ。魔法って存在するんですか!?」
説明よりも、さらっと言われた『魔法』という単語にトリシャは目を輝かせた。実にファンタジーな響きで、一体どんなものなのかすごく興味をそそられる。
しかし、返ってきたのは研究し尽くし飽きを覚えた科学者のような、冷めた声音だった。
「あんなものは所詮科学の通り道にある路傍の石だ。たまに紛れた本物の奇跡以外は価値のないゴミみたいな技術だよ」
「ゴミって……ファンタジーの代名詞をゴミ扱いしないでください! 私からしたら夢とロマンの代名詞なんですから!」
「科学の結晶であるオレに言うことかよ、メギストス。……まぁしかし、他の世界の魔法って奴はその世界の法則が内包されていて見ていて面白い。エネルギーの流れを観察しているだけで世界の法則が透けて見える。この法則も、『俺』の中に取り込んでみたいなぁ……」
くくく、と楽しげに、しかしちょっぴり邪悪に笑うケイ。しかしひとしきり笑うと、不意にはっとした様子で自分の口元を押さえた。
「……しまった。つい意識が混じって」
「混じる?」
何が混じるのだろう、と首をかしげたものの、ケイは気にするなと手を振ってそれ以上の質問を受け付けず足早に歩いていく。
やがてレンガ造りの家が並ぶ街に入ると、人型の影とすれ違った。トリシャの裾の長いパーカーにも似たマントのようなものを羽織っていた。
日が沈んだ直後で薄暗く、その顔などははっきりと視認できなかったが、トリシャと大して姿かたちが違っているようではなかった。
「普通の人たちみたいですね」
「いや、十分異世界人って感じだぞ。はっきり見えなかったのか?」
「夜ですから、私の目じゃ流石に――わっ?」
不意打ちで視界が昼間のように明るくなり、驚いてトリシャは声を上げる。
突然のことに脳の処理が追いつかずめまいを覚えふらついていると、ケイが肩をささえてくれた。
「目を少し改造した。しばらくすればなじむはずだ」
「改造って。いきなりやらないでください、びっくりしますよ」
少し呆れ気味にいう間にも、おそらく足と同じような感じで改造されたという目が徐々に体になじんでいくのを感じた。
そして、気づけば昼のような明るさは失せ、夜の暗さを取り戻し、しかし周囲のものは昼間のようにハッキリ見えるという不思議な状態になっていた。
「うむむ、なんかハッキリ見えすぎてすごく違和感が。暗いのにモノがハッキリ見えるって変な感じです」
「仕方ない。体になじんでも意識までもが一気になじむわけじゃないからな。とにかく、その目でもう一度通りかかるこの世界の住人を見てみるんだ」
言われて、トリシャは通りがかった人を見て、再び声を上げそうになって口をおさえた。
普通の人間だと思っていた住人は、全然普通の人間じゃなかった。
基本的な姿形こそ人間と同じだったが、目は黒目一色で、肌は青白く、まぶたは色素が抜けたような半透明。裾から覗く腕には、えらのようなものがついていた。
そんな住人たちを見て目を丸く開き、はー、とトリシャは感嘆のため息を吐く。
「なんという異世界でしょう。ちょっと感動してます」
「半魚人って感じだが、ベースは人間型の生物みたいだな。気持ち悪くなくて助かる」
「魚ベースだと気持ち悪いですか」
「どうもな、禍々しくて。食べると美味いんだが」
「魚人さん食べたんですかっ? ……冗談ですよね?」
質問に、ケイは何も言わずに再び歩き出してしまった。どうやら本当に食べたらしい。
……おそらく同じくらい知能がある生物を食べるって、どんな気分なんでしょうか。
心の中でそんな疑問が生まれるものの、そればかりは実際に体験してみなければわからない。いつか体験してみたいという心と、少しの恐れのような感情をいだきながら、トリシャはケイの後ろを同じく何も言わずについていった。
夜が、徐々に深まってきていた。
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