第一世界『密集都市 トーキョー[TOKYO]』 その5

×トリシャ×


 うっかり食べ残してしまったポップコーンを食べ終えてから映画館を出て、トリシャとケイは夕飯を求めてファミレスへと行きついていた。

 映画館を出てからのケイは少し様子がおかしく、トリシャのことを時々横目で見ては何かを考えているようだった。

 ファミレスで注文をしてからも、どこか気もそぞろという様子なので、流石にトリシャも気になって探りを入れた。


「ケイは、今まで映画とかはたくさん見てきたんですか?」

「ん? まぁ、ほどほどにな。映画って文化がある世界自体が少ないみたいだから、むしろ演劇とかの方がよく見てきたが」

「なるほど。さっきの映画の内容、どうでした? なんだかさっきからずっと何かを考えているみたいですけど」


 トリシャの言葉に少しバツが悪そうにケイは顔をしかめる。


「別に、映画のことを考えていたわけじゃない」

「なら、何を考えていたんですか?」

「トリシャの今後の事だよ」

「私の?」


 まさか自分のことを考えていたとは思っていなかったので、本気で驚く。先ほど映画館で少し話をしたことで、何か思う所があったのだろうが、何を思ってトリシャのこれからを考えるに至ったのかはわからない。


「今後っていうと、私が旅をすることに関して、っていうことですか?」

「ああ。お前は普通の世界における常識ってものはそこそこ欠如していて、世間一般で言えば天然の部類に分類されるわけだが」

「いきなり人の性格ディスらないでくれませんか……?」


 流石にちょっと眉をよせるものの、ケイが嫌味で言っているわけでないのはすぐにわかったので悪い気はしなかった。

 他人に評されるというのはトリシャにとっては新鮮で、嬉しいことだったから。貶めるつもりで言っているならともかく、率直な感想ならば内容がどうであれ嫌な気持ちにはならない。

 そんなことを思っていたら、続く言葉は褒め言葉だった。


「しかし、性根は真っ直ぐだ。あの世界じゃ無理だろうが、足さえあればお前はこの世界でなら普通に生きられるだろう。その上で、お前はどう生きたいか――って、なに目を見開いてるんだ」

「いえ、その、けなされたと思ったら褒められたのでちょっと驚いてしまって……ふふ。でも嬉しいです。ありがとうございます」

「今はそんなことどうでもいいんだが……」


 で? と答えを促されるが、答えは決まっていてもそんな質問をしてくる意味がわからず少し口をつぐんで考える。

 トリシャの生きる世界は、ケイの見ている世界と同じ世界だ。しかしケイが居なくなったら、トリシャの生きる世界、トリシャの抱えている世界観には、二度と触れることが出来ないだろう。

 それはつまり、追放だ。

 そんなネガティブイメージしか付きまとわないことを何故選択肢として差し出すのか、トリシャにはさっぱりわからなかった。


「もしかして私のことをほっぽり出したいのかもしれませんが、それなら断固拒否しますよ? たとえケイが私のことを放ってどこかに行こうとしても、私は地の果てまでもおいかけて、再びケイの前に姿を現しますから。そして、また、あなたと同じ世界を見られる場所に立っちゃうんですから」


 自信をこめて、少し強気に笑みを浮かべて言う。こんなに自分の意見をはっきりというのは初めてで少し恥ずかしい気もしたが、しかしそれ以上にケイが見せてくれた、立体パズルのような世界を手放したくなかった。

 自分の世界を、手放したくなかった。

 ケイは少し呆れたような顔をしていたが、やがて小さく笑いを漏らす。


「へ……追いかけられちゃたまったもんじゃないな。そういうやつは、本当に世界を壊して追いかけるくらいのことを平気でしてくる。恐ろしいぜ、人間ってものは」

「でもケイだって、何かありますよね? 何かを壊してでも、執着したいもの。作られたもの……とは言ってましたけど、感情があるんですから」

「さあな。オレにそんなものがあるのかどうか、オレすら知らない。……あるいは、オレの旅はそれを探すものなのかもしれないけどな」

「目的なく旅をしてたんですか?」


 少し、驚く。

 別にただ別の世界に行けるから歩き回ってみていたのだ――というのも確かに答えの一つなのかもしれないが、それだったらもっと早く飽きてしまうと思うのだ。飽きて、適当な世界で長々と暮らし、また飽きたら移動する……みたいな生活を送る気がする。

 もっと、突き動かす何かがあると思っていたのだが。


「そうだな、目的はない。けど……オレならぬ『俺』は、旅を望んでいるんだ。だからやめられない。オレの旅はな、トリシャ。言ってしまえば傷心旅行のようなものなんだよ」


 くだらない、と吐き捨てる。しかしトリシャはケイの傷心旅行という言葉に納得していた。


 ……だから、執着するものを探す旅でもあるんですね。


 心の傷を埋めるものを見つける。きっとそれが、ケイの旅の目的なのだ。

 ならば、自分は? 見て回って、何を得たいと思うのか?

 ただケイと同じ世界を見ていたい、では少々物足りないと思う。

 先ほど映画館で幸せな表情をしていたキャラクターを見てああなりたいと思ったものの、それにしたって具体的な目標というものはあった方がいい気がする。

 うぅん、とうなっているとケイが『変なこと考えてるな』という顔で見ていたが無視。結構大事な問題なので、今真剣に考えなければと思うのだった。

 そうしていると、注文したハンバーグとカレーライス、それにサラダが一緒に盛られたプレートが目の前に置かれた。カレーのスパイシーな香りと、ハンバーグの荒々しい肉の臭いが鼻を刺激して、ぐぅ、とお腹が鳴る。

 顔を赤くしてお腹を押さえていると、ケイはくつくつと笑いながら箸とスプーンを渡してくれた。


「なに考えてるか知らないが、とりあえず食べたらどうだ?」

「……はぁい」


 不満げに返事をして、とりあえずカレーを一口食べる。瞬間、その顔が輝く。


「なんですかこれ」

「どうした、まずかったか」

「いえ逆です。なんですかこの美味しい食べ物!」


 驚きながらもぱくぱくと次々カレーを口の中に運ぶ。ついでにハンバーグも。

 どれもこれも、トリシャが今まで食べてきたものとはけた違いに美味しいものばかりだった。うまみもそうだが、根本的に栄養素がこちらの方が多い気がした。

 その様子を見て、ケイが不思議そうに首をかしげる。


「別にこのくらい、よくある食事だと思うけどな。もっと美味しいものなんて、大抵の世界で探せばある。その土地にしかない食材とか、珍味で面白かったりするぞ」

「こんなものが他の世界にも……?」


 危うくスプーンを取り落しそうなほどの衝撃がトリシャの内に走った。

 今まで味わったことの無いような満足感のある目の前の食事すら、ケイには『よくある』で済ませられるのだという。なんと恐ろしい。

 トリシャもこれと同じようなメニューを食べたことはあるものの、こんなにおいしいと感じたことはなかった。野菜は火を通すだけで甘く、肉汁がたっぷり。そんな料理は初めてだ。

 それらを食べながら、トリシャは自分の中に一つ、明確な目標が浮かび上がるのを感じた。

 ケイより一足先に全て食べ終えると、口の周りを拭いて、未だ残る味の残滓を口の中で転がしながら、その目標を口にした。


「ケイ、私決めました」

「むぐ? ……ん、なんだ」


 中途半端に口の中に入っていたものを飲み込んで、ケイがトリシャを見る。

 その目を真っ直ぐに見つめ返して言った。


「私、美味しいものをたくさん食べたいです。美味しいものを食べて、今、すごく幸せでした。だから――私は、世界を旅して美味しいものを探して、いっぱい食べます!」


 目を見開いて驚くケイ。

 が、やがておかしそうに吹き出し、笑いをこぼした。


「は、ははっ、はははは! まぁ確かに美味いもの食べたら幸せだよなぁ! 満足できるだろうなぁ! ははは!」

「ちょ、ちょっと、笑い過ぎですよ!?」

「いやいや、いいと思うぜ。実に人間らしい――いや、お前が初めて真に人間らしく思えた気がするよ、メギストス。うん、いいんじゃないか。その目標はわかりやすいしやりやすい」

「では、私はそんな感じで旅をしようかと」

「ああ、そうするがいいさ。さて、それじゃ話はまとまったし出るとするか」

「あ、ちょっと待ってください」


 さっさと立ち上がって出ようとするケイを引き留める。


「なんだ? トイレか? 確かに綺麗なトイレがある世界は少ないからな。移動前に済ませておけよ」

「いえそうではなく。出る前にこのチョコパフェというものを食べたいです。チョコレートと言うのを、食べたことがないので」


 メニューを指さし真面目な顔で提案すると、再びケイは笑いを漏らして席に座りなおす。

 それにちょっとだけむすっとした表情になりながらも、トリシャは店員を呼ぶためのボタンを連打した。

 ちょっとだけ店員に怒られた。

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