幕間
「あの、けいじくん」
「……」
「けいじくん」
「……」
「っく、ふぇぇえぇ」
「……何。何か用があるならさっさと泣き止めよ」
「ひっく、あの、昨日の給食のパンね、けいじくんのクラスと僕のクラスと間違っててね、僕けいじくんの分のパン食べちゃったの」
「それで?」
「だから、ごめんなさいしなさいって」
「先生に言われて来ただけだろ。今更そんなこと言われたって昨日のパンが取り戻せるわけじゃないし泥棒扱いされた俺が救われるわけで無し、帰りに通せんぼされた事が無かったことになる訳じゃない。どうでも良い。そう言うの」
「どうでも良い……?」
「そう。どうでも良い。疲れる。だから考えない」
「僕は気になるよ!」
「っ?」
「僕は気になる! なんで昨日に限ってお昼ごはんが取り違えられたのかも、君がいじめられなきゃならないのかも、気になる! 僕の所為で泣いた人がいるって、気になるよ! けいじくんは本当に気にならないの?」
「なったって、もう、遅いじゃないか」
「次が防げるかもしれないじゃない! 僕は給食室行って、どうして取り違えられちゃったのか見て来る! けいじくんも一緒に行こう!」
「だから俺はどうでも良いって――」
「次に食べられない子が出てきたら可哀想じゃないの!?」
「お前にとって俺は可哀想な子なのかもしれないが、俺はもうどうでも良いんだよ、そういう事。先生とかと一緒にやってれば良いだろ。巻き込むな。疲れる」
「けいじくん、なまけてるだけだよそれ」
「なまけて何が悪い。疲れる事はしないだけだ。面倒くさいことはしたくない。人類共通の願望だろ」
「君一人で世界を終わらせないでよ! ぼくは宇宙人なの!?」
「俺から見たら、まあ、宇宙人だ。あるいは異世界人。終わったことに理由なんか求めて、そんなのはただの自己満足だ」
「自己満足で良いじゃない! だって、自分が満足するんだよ!?」
その言葉に。
俺はちょっとだけ。
驚いて、しまって。
「……お前、名前は?」
「粟野了祐!」
「俺は鵜住。鵜住慶司。けいじじゃなくて、けいし」
「解った、ケーシ!」
「早速呼び捨てか。まあいい、了祐。でも俺は給食室より先に行く場所がある」
「それって……?」
「職員室。お互いの担任から謝らせるのが筋だろ。子供同士で片づけられると思ってるなら昨日の放課後俺の帰り道を通せんぼした奴の名前全部言う。親にも連絡させる。それから謝らせる。まあ、俺も一人突き飛ばしてるけど、ランドセルがクッションになって大した怪我はしてないだろ。俺はあくまで被害者ぶる。その邪魔はするなよ、了祐」
「ケーシ格好良い!」
「いや別に、物事を順番に片付けたいだけなんだが」
「でもケーシ、格好良いー! ねぇ僕達、親友になろうね!」
「会って二十分の相手にそこまで思えるのがいっそ羨ましいよ、了祐」
そうして俺は学級全体に謝らせることに成功し、実はパンでない日も俺達のクラスと了祐達のクラスの給食ワゴンの位置が逆になっていたことを暴いた。あの日はたまたま初めてのパンの日だったのだなあと、今更思い出す。ご飯やおかずは給食係の采配でどうにかなるが、個数の決まっているパンではそうならないからこその発見だった。互いに小学校に上がって二か月、六歳の頃の事である。
渦と泡の、泡沫コンビの予期せぬ結成であった。
ちなみに名付け親は、勿論了祐だ。
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