第8話
「なんで僕が茶道部に入らなきゃならないのさケーシ! ここって確か角の喫茶店からお茶菓子貰ってるんでしょ、僕が甘いの駄目なの知ってて結局飼い殺しにする気なら、この十年の友情にも罅を入れて良い覚悟だよ僕は!」
「安心しろ、俺も入った。それで一年の部員は三人だが、あと一人欲しいな――笛吹とか案外入らないかな」
危険人物を集めて何を企んでいるつもりだ俺は。光画部からも新聞部からもお断りされてるんだから暇そうではあるが、あれはあんまり使いたくもない奥の手と言える。あと甘い物そんなに好きじゃなさそうだし。
「差し入れをしてくれるのは喫茶店じゃなくて横の和菓子屋の方だ。ちなみに近頃は栗羊羹をプッシュされてる」
「あんこの塊じゃん!」
「まあ食え、羊羹を」
「うー」
「そして飲め、抹茶を」
「ん!」
ぱっちり眼を開けた了祐に、もう伊達眼鏡はない。
「甘いのと苦いのが混ざって流れてく感じ、美味しい! 茅ケ崎さんちで食べたケーキと紅茶みたいな、渋さと甘さの合体みたい!」
「だから茶菓子は大事なのです。もし美味しく食べないようなら私が預かるのです。そして食べます、ヒーホー」
「いや、これは食べられるから僕ので!」
「チッ」
「舌打ちした……」
「強欲だからな、あいつ」
笛吹が靴箱に仕掛けたカメラはばっちり仕事をし、女子生徒三人が停学を食らった。どれもうちのクラスの人間じゃなかった辺りが実にらしいと思う。流れて来る噂だけを鵜呑みにして、犯行に及ぶ。勿論その女子生徒達だけが犯人と言う事でもあるまい。細かな悪戯や、最初の靴隠しは、クラスの人間だったのかもしれない。だが、一連の嫌がらせはどうやら峠を過ぎたようなので、深入りは無しとしよう。今はクラスの女子とも友好を取り戻しつつあるのだから。だがやはり、腫れ物扱いはされるだろう。その時の為の甘味であり、その時の為の茶道部――と言ってしまうと、部活の私物化か。最初から茅ケ崎しかいなかった茅ケ崎の部なのだから、そんな事は今更なのかもしれないが。
「さて二人には茶道部部員になるにあたって覚えてもらう事がたくさんあるのだと言う事を一応教えておくよ。袱紗捌きから始める? それとも大会があるでも無し何もかもをすっとばしてお茶の入れ方さっさと身に付けちゃう?」
「えー他人の入れたお茶だから良いんじゃん。ねえケーシ」
「思いっきりブーメランだぞ、了祐」
「私だって楽して甘味に浸りたい時があるのです、ヒーホー」
「そう言えば最近あんまり鳴かなくなったな、それ」
「キャラ作ってるって言われちゃってね。ただの死語趣味なんだけど」
そんな趣味は知らん。そして要らん。
まあそっちが減っても茅ケ崎には鉄壁の手袋という個性があるのだから、大したことにはならないだろう。この週末は仕事で、初めてゲーノージン様から指名をもらったらしい。しかも売り出し中の人気アイドルだ。機嫌を損ねないようにしなければ、と本人は言っているが、そのままの茅ケ崎で困る事もあるまい。笛吹が言っていた、『こんな変な奴、面白くて仕方がない』。確かにそうだ。そうだが、なあ。
出来れば俺達の前ではその変な奴と言うキャラ作りをやめてくれたら良いのに。本来の茅ケ崎は、他人に対して壁を作る所があると、時計さんは言っていた。そこはきっと分かち合えるだろう。俺は了祐のお陰で色んな事件に巻き込まれることにより、茅ケ崎は母の後を追った大人の世界を体感することにより、それぞれそう言った幼児体験を超えている。了祐はもっと早く、それこそ小学校の裏山の毒草の群れを見た時から超えていたんだろう。
安全で完全な道はない。何かしら転がっているのが必然だ。だから歩く。除ける事も学びながら。まきびし散らすのが了祐だけど。それを鋼鉄の靴で踏み潰して行くのが茅ケ崎だけど。俺はおっかなびっくりにちょっとずつ眠気を減らしながら歩く。なるべく低カロリーで行ける安全地帯を選びながら。
それはもしかしたら、時計さんの後ろかもしれない。守って、守って、守って、守り抜く。それが、俺の道なのかもしれない。そしてそれは、悪くないことだ。きっと、多分。
暴走車から妻子二人を突き飛ばして守り、自分は一生歩けなくなってしまったと言う、あの人と同じように。
ちょっと傷の位置が悪くってねえと、笑った彼のように。
きっとそれも、悪くないんだろう。
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