第6話

 写真の合成程度なら、何も危険を犯して学校のPCを使う必要はない。今や一家に一台二台あるのが基本なのだ、PCと言う物は。スマホに押し負けている部分も多いが、動画なんかの編集はまだPCの克つ所だ。しかしやっぱり、写真の編集だってPCの方が良いだろう。専門ソフトが使えなくても標準アプリだってあれば期間限定で有料ソフトを試すことだってできる。そして今回の事件の犯人は、そんな事は『どうでもよかった』。足が付こうと付くまいと、どうでも良いと考えていた。だって、目的はもう達せられている。学校中に俺達が――俺と茅ケ崎が、ただならぬ関係であることを周知させることに、成功している。功罪として茅ケ崎へのいじめ行為が横行しているようだが、それは笛吹が下駄箱に細工してくれたお陰で多分止まるだろう。下駄箱を開けると同時にフラッシュを焚いてデータの消せないフィルムカメラを作動するようにした。恐ろしく手が器用な奴である。今回味方につけておいて良かった。田中は茅ケ崎の事となると少し頼りないし、そう言った悪知恵も働かないだろう。優しい巨人である。

 新聞部の一年はPCの持ち込みを許可されていないらしい。場所の関係もあるし、何より信用がまだない。記事を任せられるのはもっぱら二年、三年はその校正だと言う。では一年は何をするか。主だった仕事は聞き込みだ。それを梗概にして文章を削る。写真は提供されるものを使うので、特にカメラは必要ない。最近は部費でICレコーダーを買おうと言う動きが出ているようだが、何台も買えるものではないので、推敲が半年ぐらい続いているとか。スマホのマイク使えば良いじゃないですかと聞いたら、まだガラケーの部員もいるのでそっちに回すために欲しいらしい。しかし彼らもいつかは卒業していくだろうから、結局要らない物になるのかもしれない。難しい問題だった。


 と、そんな色々の情報を集めながら、俺はとある届け出を教頭先生に差し出した。おや、遅かったですねえと笑われたそれに、いやあ、と取り敢えず頭を掻く。取り敢えず、これで何とかなる事象もあるだろう。茅ケ崎へのいじめは日々エスカレートするだろうから、短期決戦が大切だ。話すと笛吹はうん、と頷いて俺の判断を支持してくれた。茅ケ崎と俺の写真を見た田中はまだへこんでいるので、戦力にはなるまい。そして新聞部にも事情を話すと、難しい顔をしていた部長は少しの間黙って、解った、と言ってくれた。こんなに良い先輩がいながら何故あんなあんぽんたんが更生しないんだろう。と言うかいつもトップ屋根性とか言っていながら、一年は記事を書けないとか、本末転倒じゃないか。


 そう言う訳で。

 俺と茅ケ崎、そして笛吹は、了祐の家の前にいた。


 五人兄弟とは言っても年齢差はまちまちで、上の三人はもう家を出ている。だが決して狭くない5LDKの家は、茅ケ崎の家よりも大きい。飾りッけが無いから余計にデデンと聳えているように見えると言うか。茅ケ崎んちはバルコニーまでバラの蔓が伸びてて、まるでお伽噺のお城みたいだったしな。閑話休題。

 ピンポン、とドアチャイムを押して鳴らすと、はぁい、と言うお母さんののんびりした声が届く。

「どちら様でしょう?」

「ご無沙汰してます、鵜住慶司とその仲間達です」

 時間は夕飯にはまだ早い五時だった。了祐が帰っているのは下駄箱を確認したから知っている。今日はあいつの好きな雑誌の発売日だから、部活をさぼるならこの日だと確信していた。

「あらぁケーシ君? 久し振りねえ家までくるなんて。了祐ー、ケーシ君が遊びに来たわよぉ! あら、そう言えば仲間達って?」

 のほほんとした様子はあまり了祐に似てないな、などと思いながら俺は苦笑して、ちょっと学校であった事件の捜査会議に、と告げる。まあ、了祐の言うところのミステリな日常ね? と言う辺りは――うん、やっぱ親子だわ。

「やあケーシ、遅いお着きだったね」

 伊達眼鏡をはずしてにっこりと笑って玄関のドアを開けた了祐は、ギンガムチェックのシャツにジーンズ姿だった。家の中ではだらだらした格好しかしない俺とは大違いだ。それとももしや、そろそろ俺が勘付く頃だと思っていたのだろうか。まあ上がってよ、と俺達三人は広い玄関に通される。

 そのままリビングに通されて、まず探したのはデスクトップ型のPCだった。案の定部屋の隅にそれはある。が、埃を被っていたので、多分家族共用だったのを本当にパーソナルに切り替えたのか、スマホに鞍替えかして使わなくなったんだろう。取り敢えずあれじゃあないな、と笛吹に視線を向けると、肩を竦められた。無理って事なんだろう。

「大分古い」

 新聞部のiMacと比べるとどっちが古いんだろう。

「すぐにお茶出すからねぇー」

 よく伸びる声のお母さんに、いえ結構です、と俺は声をかける。そんなにのんびりしに来たわけじゃない。

「了祐。お前茅ケ崎の靴が焼却炉で見付かった話は聞いてるか」

 きょとん、とされる。

「何で?」

「あの写真の所為で茅ケ崎がやっかみを買って、女子からいじめ――って言うと軽いな。嫌がらせ行為を多数受けている。発展すると暴行傷害にもなるかもしれない」

 茅ケ崎が微かに俯くと、笛吹がその背を撫でた。泣いてはいないだろう。多分、こんなところじゃ、泣けやしない。そう言えば笛吹の好意はどうなっているんだろう。茅ケ崎に対して、の。やっぱり面白い観察対象なのだろうか。あの涙を見ていない笛吹にとっては、いじめられても飄々としている気丈な女子にしか見えないんだろうか。

 間違っていない。茅ケ崎は強がりで気丈だ。ただ、それでも、限界は持っている。

「何でそうなるの? 茅ケ崎さん、友達多かったじゃない」

「これの所為だ」

 俺は鞄からあの雑誌の一ページを取り出す。

「女子にとって羨望がある仕事だ。それをクラスメートが行っていたとしたら、嫉妬も生まれるだろう。この雑誌を手に入れた時、お前はそう思わなかったのか、了祐」

「え?」

 今度はきょとん、と茅ケ崎が顔を上げる。対して沈黙した了祐はてけてけと足音を鳴らしながら階段に向かった。

「僕の部屋で、話をしよう」

 久し振りに聞いた、陰鬱そうな声だった。


 了祐の部屋は二階の六畳間で、物持ちな高校生にはちょっと手狭だった。掛けてある制服、今日発売のミステリ雑誌はベッドに放ってある。そして机の家には、ノート型のPCがあった。

「PCの中身、見せて貰っても良いか?」

「構わないよ」

 言って了祐はPCを起動させ、パスワードを打ち込んでログインする。複アカでないのを笛吹が確認して、そのままPCの前に座った。そして何やら弄ると、ゴミ箱の中身が復元される。フォルダ名は『慶司・ばじる』となっていた。

 展開すると、あのコラージュ写真が出て来る。大量に、だ。俺が回収したのより多い。多分ぺたぺたと貼り付けている間に三人目の登校者がやってきてしまったから、慌てて逃げたんだろう。それでも十分な効果を発揮する数だった。画像いじりはどうやらOSの標準アプリで行ったのだろう、少なくともソフトは他に見付からない。笛吹が入っているアプリを全表示させるが、やはりそれらしいものはなかった。大体ああいうアプリは高額だ。学校なら経費で落とせても、個人のPCにはよほどの情熱が無ければ投資しないだろう。了祐は一年だから、まだ新聞部でのインストール権利もない。そもそもPCを持っても行けないし、場所もないだろう。

「……えっと」

 沈黙を守って来た茅ケ崎が、ここで初めて声を上げる。

「つまり……写真とかを加工して貼り付けたのは、粟野君だった、ってことなのかな?」

「そう。逃げも隠れもするけど嘘は吐かない、いつかお前は言ってたよな、了祐」

「言ったね。光画部の時だ」

「確かにお前は嘘を吐いていない。あの日お前が学校に来た時、『壁には何も貼り付けられていなかった』。嘘じゃない、だから『お前が貼り付けた』。『写真は自分が撮ったものも混じっている』。でも『誰かにデータを盗まれた可能性は否定ではない』。それも嘘じゃない」

「あはは、久し振りにケーシにずばずば言われると参っちゃうね」

 くすくす笑みを崩さない了祐に、茅ケ崎はぎゅっと手を握る。爪が立たないように分厚い手袋越しに。それを編んでいるのは時計さんだと、茅ケ崎の誕生日の時に教えてもらった。器用な人なのだろう。でなければ、そうならざるを得なかったのだ。俺がこうして、親友であるところの了祐を弾劾しなければならないのと同じように。


 多分俺は、茅ケ崎の事が好きなんだろう。

 曖昧な感情ではあるが、こいつの写真をよくよく見ていると、笑みが湧く。

 そして何より。


「一番の証拠は、『俺と茅ケ崎二人しか写ってない』事なんだよ。俺達は三人組として認識されていた。その中で二人を取り出せるのは、お前だけなんだ。どの写真にもお前はいない。だって撮ったのはお前なんだから。お前しか俺達を、引き寄せる事は出来ない。あの日一日中寝てたのも、多分コラージュの作業の所為だろう」

 ちらっと笛吹を見ると、しれっと自分のUSBに気に入った写真をコピーしていた。こいつもこいつで抜け目ないな。そして本当、茅ケ崎なら何でも良いんだ。『俺と茅ケ崎』に絞った、了祐と違って。

 了祐は何も言わない。茅ケ崎もショックだったのか、流石に何も言葉がない。

「だが俺にも解らないことがある」

「何? ケーシ。嘘は吐かないよ、僕。ましてこの期に及んで、ね」

 笑う了祐。

 俺を見る笛吹。

 俯いている茅ケ崎。

「なんだって俺達二人を切り離した?」

 問うと、了祐はくくくっと声を出して、それから大笑いした。

 そして俺を睨みつける。

「僕を切り離したのは君達の方じゃないか、ケーシ。茅ケ崎さん。放課後は一緒にお茶して、二人で喫茶店にも行って、家にお呼ばれもされる仲。ケーシの隣にいたのは僕だった。ケーシはいつも眠そうに、仕方なく、付き合っていた。でも光画部の時は鼻フックなんて暴力行為すら肯定した。あの面倒くさがりのケーシが、沸点を超えた。いつもよりずっと低い位置で。でもケーシ、気付いてなかったでしょ? 自分のそう言う変化。だったら僕が見せてあげようと思ったんだよ」

 言って了祐は、一枚の写真を取り出して俺と茅ケ崎に見せ付ける。

 茅ケ崎の誕生日の時に撮った写真だった。

 満面の笑みで俺からケーキを食わされている茅ケ崎。

 本当に幸せそうな。


 俺は――

 自惚れても、良いのだろうか?


「……私は、確かに鵜住君が好きだよ。粟野君」

「茅ケ崎?」

「でも粟野君と友達してるのも楽しいよ。それは、両立しないこと?」


 友情と愛情は並び立つか。それは俺に向けられた質問のようにも思えた。十年来の親友である了祐。いつの間にか惚れていた茅ケ崎。それは、並び立たないのか?

 少なくとも俺の中では、両立していた感情だ。

 ふぅっと笛吹が溜息を吐いてUSBメモリを引っこ抜く。

「この手の質問に答えるのは難しいよ、茅ケ崎。それにしても犯罪近い事されて、それでも粟野を友人だと思えるなら、決定権はむしろ鵜住にあると考えた方が良い。粟野は二人に互いの感情を自覚させたかった、そうなんだろう? でもその為に身を引く、それはちょっと論理的じゃない。実際今まで三人でつるんでたし、騒動の後も三人の様子は傍目には変わらなかった。君達は仲良く出来るのさ、何があったってね」

 自分と田中はそうはいかなかったけどさ。肩を竦めて笛吹は立ち上がる。

「じゃ、残りは当事者三人でどうぞ、だね。僕はあくまでメモリの復元をするために連れて来られただけだしさ」

 とんとんとん、と階段を降りて良く足音の中、本当に頭が良いのはああいう奴なんだろうな、なんて思う。なんとなく野に放っちゃいけない気がする、危ない才能。そう、了祐と同じ。

 押し黙った二人に、俺は――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る