第3話
「ケーシ! やっと僕達のミステリな日常に帰って来てくれたはずの謎が行方不明だよー!」
騒ぎ立てたのは十分睡眠をとっていつものテンションに戻った了祐だけで、他の新聞部員は次の校内新聞の下書きをしていた。そこには俺と茅ケ崎がパンケーキを食う写真の場所も空けてあったが、小さいので人物特定には至らないだろう。ほっと息を吐くと同時、お前が鵜住か、と低いながらも敵意のない声で呼ばれる。
机の配置的に、一番偉い人――部長なんだろう。確か名前は後藤達臣。今時珍しい武将みたいな名前だから覚えていた。が、はて、俺は何か新聞部に目を付けられるようなことをしただろうか。色々やったがすべては了祐越しに事実が伝わっていると思っていたのだが、あれこれ付け足す奴だから、正確な情報が伝わっているとは考え難い。かもしれない。初見の人を色眼鏡で見るのも良くないだろう。
「雪絵の事は粟野から聞いてる」
「美術部部長の佐屋先輩だよ」
こしょっと囁かれて、ああ、と俺は納得する。あれは俺と茅ケ崎の接点になった事件だった。
「あいつとは幼馴染でな。勿論秋乃さんの事も知ってる。秋乃さんに顛末を話したが、そっか、と言われてしまった。だが多分彼女は納得してくれたと思う。友達がいなくなるって寂しいね、とは言っていたが、学祭で学校に来てからずっと気になっていたそうなので、お前達には助けられた事になるんだと思う。ありがとう」
「あ、いえ」
半ば聞き流しながら俺はきょろ、と室内を見渡す。今いる部員は六人、みんなノート型のPCに向かっていた。恐らくは私物だろうが、一応訊ねてみる。
「皆さん自分のPCを使っているんですか?」
「ああ、自宅PCがデスクトップ型だったりしない限りは私物だな。持ってない奴はそっちのを使ってる」
iMacだった。
やっぱり俺が産まれる前の代物だが、動くのか、それ。
「画像編集ソフトは――」
「そこのポンコツ以外には全部入ってる。あれはいわば、テンプレート用みたいなもんだからな」
「じゃあ、これに見覚えはありませんか?」
俺はまた、今度は写真部で貰ったビニール袋に入れてあった俺と茅ケ崎のコラージュ写真を見せる。きょとんとした了祐がそれを見るなり、
「僕のミステリな日常ー!」
と声を上げたので、部員の何人かが訝しげにこちらを見た。違う。俺じゃない。俺は何もしていない。ただ了祐が騒いだだけであって。だからそんな目で見ないで。孤立無援って辛いんだよ。俺は小学一年からその世間の厳しさを味わっているんだ。せめてと部長を見ると、しげしげ写真を眺めていた。
「うちの部のPCじゃあないな」
「失礼ですが、根拠は」
「画像編集ソフトが違う。それと、言っては何だが俺達ならもっと上手くやれる。接触面の不自然さ。アイレベルの合わなさ。こんなコラ作ってる奴は、普段画像いじりした事ない奴だよ」
「部長は手厳しいなー」
何故かへらへら笑う了祐は、でもこれ、とシルエット状態の俺と茅ケ崎が歩いている夕焼けの写真を見せる。
「これ結構よく撮れてないですか?」
「うちは写真部じゃないから、よく解らん」
「光画部って言わないと怒られますよ」
「ああ、そうだったな。まったく面倒くさい」
「それと、佐屋先輩とお付き合いがあるならこれの事も聞きたいんですけど」
俺はノートに挟んだ雑誌の一ページを取り出すと、ああ、とその目に懐かし気な色を乗せる。
「去年だったかな。中学の頃の後輩が雑誌デビューしたと言って雪絵が喜んで見せて来たのを覚えてる。そうか、その時の子か、これが」
「佐屋先輩はまだその雑誌を持ってると思いますか?」
「持ってるわよ!」
ぜーぜーと息を漏らし、ぱしーんと良い音を立ててドアを開けた佐屋雪絵は、髪を振り乱して俺と了祐をねめつけた。
その手には一冊の雑誌。
茅ケ崎が載ったと言う、少女向けファッション誌だった。
やはり般若、か。ツンデレってこういうのを言うのか?
「絶対私の所に容疑が来ると思ったから、持ってきてあげたわよ。ほらこれ、このページ! ちゃんと残っているでしょう!? 私にとって茅ケ崎は今だって可愛い後輩なんだから、あんた達みたいな奴を隣に置いとくのだって本当は嫌なんだからねっ!」
佐屋先輩は言いながら雑誌のページを示す。そこにあったのは、確かに俺が持っているのと同じページだ。そして少しだけ差異がある。佐屋先輩の持っている方が、白みがかっているのだ。多分何度も何度も見返したのだろう。日に焼けるぐらい。可愛い後輩、多分その言葉に嘘はない。茅ケ崎はあの時だって、誰も責めないことで自分を責めさせることを抑止していた。本来密告者――と言うには本当に解り難かったのだが――という立場は嫌われるにも拘らず、今回の事件を知った放課後すぐに雑誌を取りに走るぐらいには。
自慢の後輩なんだろう。
今だって。
部活に入った事のない俺には、解らないことだが。
さてしかし、こうなると雑誌のページの出どころの心当たりすら無くなってしまったがどうしたものか。古い雑誌のオークション? 一年に限定し、出版社が解っていれば、手にすることは可能だろう。だが誰がそこまで手の込んだことをするかは、やっぱり解らなかった。案外茅ケ崎が自作でコラージュ画像を作ったのだろうか。ないな。あいつ学校のLL教室のPC使う時、手袋もう一枚重ねるぐらいだから、家でもマウスなんかを弄る事は無いだろう。そう言えばこの前スマホを持っているのを見掛けたが、やはり爪が当たって気になるのだろうか、ガラケーは。そのスマホもタッチペンで操作していたぐらいだし。何処まで行くんだお前の自己防御。
茅ケ崎よりも後に登校して来た了祐は、見ていないと言った。三番目の誰かがいると言う事だろう。流石にそんな中途半端な時間の登校者なんて見付けるのは面倒くさい。しかし犯人は絞れて来ているようにも思う――写真の加工。雑誌はオークションか何かを探せば手に入れる事は不可能じゃない。茅ケ崎と俺だけの写真。そして俺達に恥を掻かせたい人間。
「ところでケーシ」
写真の何枚かを仕分けながら、了祐が俺に尋ねる。
「茅ケ崎さんと何か関係があるって知れたら、何が不便なの?」
はたと、美術部部長と新聞部部長が俺を見る。
それは――
あまり考えたことがない、質問だった。
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