第2話

 流石に無視できない状態の俺は、ぽかん、と口を開けた。


 以前卒業生が描いた絵を飾っていた場所は、その絵が壊された事により日に焼けていない四角い空白になっていたはずだった。だが俺が見たそこには、モデル姿の茅ケ崎が写された雑誌のページになっていた。本人が嫌がるのであまり触れないようにしていた、中学の頃だったかに経験した全身モデルの雑誌なのだろう。そして貼られている写真は、俺と茅ケ崎のツーショットばかりだ。あの喫茶店のも入っている。キョロ、とわらわらいる生徒の中に茅ケ崎を探したが、相変わらずスルーを決め込んだんだろう。あいつはそういう奴だ。そして了祐の姿もない。これは珍しかった。と、俺に気付いたクラスメートの女子達が群がって来て、もー、などと言う。

「鵜住君、茅ケ崎さんと付き合ってるなら教えてよー! 前の『秘密の関係』って言うのはデマだったみたいたけど、これだけ一緒にいるなんて知らなかったよ!」

「そうそう、ばじるってば結構他人の視線に敏感だからね。よくこんな接近したの撮れたよねー」

「デジカメの接写モードか、……合成だなこれは」

 一葉撮ってよく見つめてみると、微妙なズレが出てるのが出ているのが解る。何枚か並べてみれば、身長差がバラバラだったり顔と顔の位置がずれていたりした。キス寸前の写真や、手を繋いでいるだろう写真によく見られる。ごうせい? と尋ねて来た女子に、顔の大きさおかしいだろ、と突っ込むと、なーんだ、と彼女は勝手にがっかりし、友達を連れて教室の方に向かって行く。

 はて、こういう時に一番大騒ぎしそうな奴がいないのは何故だろう。俺はとりあえず写真を剥がし、雑誌のページも取って置く。ヒューヒュー言って来る男子はとりあえず無視して、俺は教室に向かった。するといつものようにしゃんと背を伸ばして机に向かい、英語の小テストの暗記をしている茅ケ崎と、ぐたーって寝ている了祐がいる。

 俺が教室廊下側一番前で、了祐はその後ろ、茅ケ崎は俺の横だった。どうやら今度は二人組ではなく三人組と扱われているようだが、まあどうでも良い。しかし珍しいな、朝からハイテンションなのが持ち味のはずの了祐が寝てるとは。夜八時には寝るから朝の目覚めもばっちりなんだよ! と言っていたのはいつのことだったか。取り敢えず席について、俺は後ろの了祐の頭を肘でこつこつ叩いてみる。伊達眼鏡のない顔は久し振りだな。やっぱ眼鏡補正で向こうの方が頭が良く見える。まあ、実際頭は良いんだけれど。

「この写真類に心当たりはあるか?」

「んー僕が撮ったのが何枚かー。でも体育の時間にはデジカメ置きっぱなしだから、誰かが勝手にデータを盗んだ可能性も否定できない……」

「お前はこれを見て登校したか?」

「いや、僕が来た時には無かったね」

 そこだけははっきりと言って、了祐は再び睡魔に捕らわれた。

 次に俺は茅ケ崎の方を向く。

「茅ケ崎、この雑誌の方なんだが」

「おや懐かしい。中学の頃に急遽頼まれたものだよ、ヒーホー」

「誰かに渡した覚えはあるか?」

「……家と、こっちに進学しなかった何人かと、佐屋先輩ぐらいじゃないかな。献本みたいな感じで何冊か貰ったから。月刊誌って結構ノルマがきついんだよね、残せない」

 ちなみに写真では手を後ろに隠している。一応の自衛だろう。絵も描けるし被写体にもなれるのに、選んだ部活が部費で甘い物食えると言う茶道部なんだから、こいつもこいつでしょうもない。

「こっちの合成写真は?」

「合成なの?」

「バランスが整ってない。下手糞な漫画みたいな感じだ」

「あー言われてみれば……ところで鵜住君」

「ん?」

「何でこんなもの持ってるの?」

 当事者に根本的な質問をされるとは思わず、思わず俺は溜息を吐いた。

 いやまあ。

 今回も俺は、当事者か。

 どうもこいつと付き合い始めてから、変な事件に巻き込まれることが多い気がする。

 いつもはどうでも良いから放っておくんだが、今回は俺も被写体、当事者の一人だ。しかし珍しいな、了祐が騒がないなんて。今もぐーぐー寝てるし。俺はとりあえず椅子から立ち上がって、三年生のいる棟に向かおうとする。

 写真の事なら詳しい奴に訊けばいい。餅は餅屋だ。

 うちのクラスにいるのは新米君と除名君だから、取り敢えず旧写真部部長の板垣先輩の元に向かう事にした。

 了祐が一瞬目を開けたような気がしたが、気のせいだろう。

 取り敢えず俺はドアを開けた。

 担任の恰幅の良い禿頭の先生とかちあった。

「SHR、始めますよ、鵜住君」

 にっこり先生が笑うと同時に、日直が起立と叫んだ。


 光画部の部室に向かうのは、結局放課後になった。その間の事は思い出したくもない。すうすうと全力で眠る了祐はまだしも、女子達が茅ケ崎の悪い噂を立て始めたのだ。付き合いが悪いのも手を隠してるのも、みんなゲーノーカイが優先だったからだ、とか、見せ付けるみたいにがま口ぶら下げて、何人のボーイフレンド作ってるんだろう、とか。正直逃げ出したかったので、昼休みは隣の教室に逃げるのを実行した。耳栓が欲しいが、流石に了祐じゃないんだからそんな用意もない。それにしても昨日まで仲良くちーぱっぱしてた相手に、よくもあんな悪態が吐けるものだ。集団は恐ろしいが、集団になった女子はもっと恐ろしい。身体で仕事取ってんじゃないの、と言う言葉には、文字通り手で掴んでるんだよ、と突っ込みを入れたいぐらいだった。ちょっと前まで義務教育受けてた奴にどんなスキャンダルを期待しているんだ。大体本人曰く、まだペーペーでご指名を受けたこともないらしいのに。

 だが俺がそうやって茅ケ崎を庇えば、今度は俺達二人の写真が信憑性を得る事になるだろう。それも俺としては避けたい。俺達は別にそんなんじゃない――そんなんじゃない、のだ。女子にしては気安く出来るって言うだけで、特に二人でどこかへ行ったような記憶もあの喫茶店ぐらいしかない。先日は茅ケ崎の誕生日パーティーに呼ばれたが、それは了祐も一緒だ。俺達は大体一緒に行動しているから、特別ではない。一応プレゼントにペンケースを買って持って行ったが、完全に予想外だったらしく、豪く喜ばれた。学生時分は筆記用具が大事だろう。了祐は今まで取った茅ケ崎の写真を小さなアルバムにして渡した。こいつは新聞部よりそれこそ光画部に向いている気がする。

 と言う訳で、光画部の部室である。

 一つ深呼吸してからノックをすると、どうぞーと以前にも聞いた声が答えてくれた。ドアをスライドさせると案の定いたのは板垣先輩と、何人かの光画部員だ。他のメンバーは写真でも撮りに行ったのかな、と思いながらさりげなくしつらえらているノートPCの画面を見る。

 アジサイに群がるカタツムリの写真だった。

 思わず口元を抑えて眼を逸らすと、ああごめんごめん素人にはキツいよね、といたずらっこく笑って見せる。その様子は以前とはまったく違って、普通の女の子だった。あの時異様に怖く見えたのは、了祐の震える姿あっての物だったのかもしれない。というか。虐めないでください、後輩を。


 俺は鞄から適当なノートに挟んでいた、朝の写真を取り出す。きょとん、とした顔で板垣先輩はそれを見る。


「何この合成写真の山」


 やっぱり解る人には解るらしい。


「朝に一年の廊下の――以前絵が飾ってあったところ、あるでしょう? あそこにべたべた貼られていたんです。それと、これも」

「茅ケ崎ちゃん、雑誌に載るような仕事してたの?」

「顔が映ってるのはこれだけらしいです。手タレ――パーツタレントってやつで、だから手をケアしてるんですけど」

「ああなるほど。聞かないと何にも答えてくれない子だもんね、あの子」


 くすくすと先輩は笑う。はて、あの騒動の後で二人に何か進展があったのだろうか。元々要領は悪くない奴だ。美術部の部長である佐屋雪絵とも学年は違えどその友情は変わらなかった。今は知らない。確か加糠先生と両成敗で御咎めなし、と聞いた気がする。よく一緒に茶を飲む教頭先生から。


「それで、聞きたいことがあるんですけど」

「ん? なーに、鵜住君」

「部室の鍵は開けっぱなしなのが常なんですよね」

「そうね、誰でも来れるように。勿論カメラ棚は施錠してるわよ、結構良いのもあるからね。その鍵の管理は現部長」

「決まったんですか」

「うん、田中君。県展で入賞したのよ、あの写真。次の広報紙には載るんじゃないかな」

「それはまずい」

 さっさと噂を一蹴しなければ、やっぱり、と指さされるのは必至だ。

「鍵ですけど、PCの方は、どうなんですか?」

「どうって言うと?」

 板垣先輩は首を傾げる。ショートカットの髪が小さく揺れる。

「部員が使った後はパスワードで保護されてるとか、そもそも別アカウントが部員別にあるとか」

「別アカなんて作ってたら面倒くさいわよ。全員共用、ただし個人フォルダはデスクトップに。ついでに言うとパスワードでの保護はファイルとPC自体と両方に付けてあるわ。お陰で新しいカメラを買う予算は吹っ飛んだけど」

 中々に頑丈な鍵だ。

 それほどの手間をかけて、このPCに拘る必要はないだろう。


「ほかにPCが置いてありそうなところは――」

 俺は新聞部の部室に向かった。

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