第三部 第1話

 茅ケ崎の誕生日に呼ばれたのは俺と了祐の二人だった。自転車で学校に集合、そして漕ぐこと十分。そこにはバラの生け垣があって、今はシーズンで無いのかただ棘だけをむき出しにしている。家はそこそこでかい4LDKぐらいの一件家で、庭には恐らく工房と呼ばれる建物があった。茅ケ崎の父親のいる場所だと言う。

「やあ、娘の我儘を聞いてもらって悪かったね、えーと鵜住君と粟野君、だったね?」

 うぃん、っと電動車椅子に乗って出迎えてくれたのは、茅ケ崎のお父さんだった。

「お母さんはちょっと仕事でね、さっき終わったと連絡が入ったけれど合流にはもう少しかかると思う。ケーキと紅茶の準備をするから、少し待っていてもらえるかな?」

 茅ケ崎と同じ刈り上げの後ろ頭を掻きながらの言葉に、良いよお父さん、と相変わらず分厚い手袋の茅ケ崎が言う。

「茶道部だからって紅茶が入れられない訳じゃなし。電気湯沸かし器は冬場の強い味方だしね。お母さんの分も合わせて五脚かな」

「そうだね」

「では台所に行ってきます」

 私服の茅ケ崎は白いワンピース姿だった。生垣の奥に消えていくその姿を、ちゃっかり了祐が写真に撮る。ぱちり。確かに私服姿の同級生を見るのは珍しいが、こと茅ケ崎となるとこれは大変に貴重に思われた。くすくす笑っているお父さん――時計さんは、娘が去ると同時、それで、と声を潜めて席に付いた俺達の両方を見た。机に電動車椅子がぶつかりそうだった。その向かいに座っていた俺と了祐は、同じだけ身体を退く。興味津々、といった目は、茅ケ崎によく受け継がれていると思えた。となると気になるのは母親だ。どんな人なんだろう。

「ばじるの彼氏はどちらかな?」

「どっちもただの同級生です。最近また席替わりで三人近くなりました。これと言って接点は――」

「ケーシ、いつも茶道部でお菓子食べてるじゃん」

「カロリーは必要だ。特にお前のような奴を相手するには」

「お茶も飲んでるし」

「段々味が解るようになって来た」

「もう茶道部入っちゃいなよ」

 くすくすと時計さんに笑われて、良いコンビだねえと頷かれる。違うただの腐れ縁で決してコンビなどではない。

 俺は話題を変えるべく、庭にある工房を、指さした。

「茅ケ崎――ばじるさんや俺のがま口を作って下さったのって、あの工房ですか?」

 うん、と時計さんは頷く。

「そうか、もう片方を受け取ったのは君だったんだね」

 ……墓穴を掘った気がする。

「頑丈で厚みもあって、重宝してます」

「元々細工物の工房だったらしいんだけど、後継者がいないって事で壊されそうになっていたのを僕が買い取って移設してね。趣味のフリーマーケットとか、ネット通販なんかで色々作って売っているんだ。赤ん坊が握りしめる玩具なんかね。けれどそれは特別製さ。布から何まで全部ばじるが選んだものだったからね」

 星のイメージなのか、俺は。

 あんまり夜空を見上げたことはない。どうせ曇っているし、流星群だとかブルームーンの時はちょっと気にしたりするけれど、悉皆そう言う時は曇りなのだ。だから俺は地に足を付けて物事を考える事にした。そっちの世界だって、俺には十分果てしなかったから。

 でもイメージから決められたと思うと、ちょっと恥ずかしい。痒くもない後頭部を、掻いてしまう。その手をじっと見ているのは了祐だ。いたずらっこく、こっちを見ている。やめて。周囲に俺の味方いないのトラウマになっちゃってるから止めて。

「お父さん、時間測ってー!」

 それを断ち切る茅ケ崎の声に一瞬ホッとしてから、俺は時計さんが付けている腕時計が随分複雑な作りをしているのが解った。長針短針秒針、あと二つの窓があるのは何だろう。日付かな? 覗き込みそうになったけれど、流石に無礼だろう。茅ケ崎が重そうにポットとカップを持って来るのに、俺は立ち上がってポットを持つ。急に軽くなって逆に盆をひっくり返しそうになったが、茅ケ崎は何とか踏みとどまった。それからありがとう、と苦笑いされる。ちょっと見慣れなくて、驚いた。

「ケーシが自分から人助けとか、珍しー」

「黙れ、巣へ帰れ」

「僕一応正式に招待されたんだけどな!?」

「粟野君には鵜住君、鵜住君には粟野君って決まってるからね」

「一体誰が決めた……」

「もちろんこの茅ケ崎ばじるちゃんである所だよ」

 胸を張りえっへんとでも言いたげに茅ケ崎は笑った。

 まあ有体に言えば、花のほころぶような笑顔だった。

 そして時計さんが時刻を告げると良い匂いの紅茶が注がれ、同時に茅ケ崎の母親――ミントさんも、帰って来た。

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