第5話
幸せそうにホットケーキ――パンケーキ? よく違いが解らん――の三段重ねを見詰めた茅ケ崎は、次に情熱的な笑みを俺に向けた。俺は苦笑して、ナイフとフォークでてしてしとケーキを切り、あーん、とその小さな口にフォークを突き出す。バターとメイプルシロップを掛けたそれはさぞ美味いだろう。くうっ、こっちが食いたくなるが、またあの肉食獣の眼で見られたくはない。
きっと人々はそんな俺達を写真に収める光画部員達に奇異の眼差しを向けるだろう。茅ケ崎の一番いい顔なんて、何か食ってりゃいつもの事なんだがなあ。慣れが来ていると言う事か、俺も。外を見ると田中がブイサインを送って見せたので、俺は前の分と今回の分の茶代を払おうとするが、何かあったんでしょう、その話をその内教えてくれたら、おまけにするよ、と笑い皺を深くして店主は言ってくれた。
はて。ほぼ毎日来ると言っていたが。
「あいつ刃物持てないでしょう? どうやって食って行くんです?」
「ああ、フォークは大丈夫みたいだから、切れ目を入れて食べやすくしてあるんだよ」
「俺には自分で切らせたくせに……」
「それだけ、信用されているって事だよ。ばじるちゃんはちょっと照れ屋さんな所があるからね。それに流石に三段のホットケーキは、綺麗に切って出すことが出来なくてねえ。だからやっぱり、身近な他人の力が必要なんだよ。君みたいな良い子の、ね」
俺にとってはあくまで一クラスメートだが、色々あるようだ、あいつにも。
後日校内で光画部の写真展があったが、田中の写真は一貫して食べる茅ケ崎で、俺の事は完全にアウト・オブ・眼中だった。外部のお客さんには、『良い食べっぷりねえ』と好評だったが。やっぱり食いっぷりは良いよなあと、俺は茶道部の部室で寛ぎながら栗羊羹の試作品を茅ケ崎と食べている。栗の甘さは控えめで餡と絶妙だ。感覚を共有できる二人で食っていると、幸せも倍増する。
「そう言えばお前、この部屋は大丈夫なのか? 他の部員とか来たらまた人酔いするだろ」
「ヒーホー三年は引退二年は受験勉強で、実はこの部、私一人で存続の危機なのです。同好会の条件は部員四人だからね。私が卒業するまでに四人集まってくれないと菓子屋が……」
「お前部費で食いたい物食ってるだろ」
「イエス。オフコース」
「やれやれだな、ったく……取り敢えず栗羊羹の採点は?」
「「十点満点」」
「帰りに美味しかったって言ってみるか。そろそろ暗くなって来たから、茶器に気を付けろよ」
「ふふふ茶道部歴七ヵ月の私が」
かちゃん
「……所詮は七ヵ月だったと言う事だ」
「そうだな」
「まあ茶碗だとしても飲み干してるからそう被害は大きくならないでしょう。さて、光画部に当てられた人達が来る前に帰ろうか」
一応閉じていた鍵を外して廊下に出る。誰もいない。それでも抜き足差し足で廊下を見渡すと、突然窓の外からフラッシュを浴びせられた。
そこに居たのは、光画部旧部長の板垣陽子の姿だった。
……取り敢えず、窓の鍵を掛ける。
がんがんガラスを殴り始めたので、仕方なしに開けた。
「まさか学校中に光画部侍らせてるんじゃないでしょうね」
「そこまでの戦力はまだないわよ。精々この程度。フラッシュも炊いただけ、これ、渡しておきたくてね」
差し出された写真は二葉。
両方とも、取り直したあの喫茶店の写真だった。
「ばじるちゃんの笑顔は最初に敵わなかったけれど、良い出来だと思う。県展に出したいんだけど、二人は構わないかな?」
俺は一葉取り、後ろにいた茅ケ崎に写真を見せる。わあ、っと驚くのは、普段自分が撮られるのが手だけだからだろう。自分の顔の写真は、もしかしたらレアなのかもしれない。それこそ、昔出たと言う雑誌まで遡ったりするのでは。俺は何気なくそれを胸ポケットに突っ込む。
「俺は構いませんけど」
「私もまったく構わないところであるよ、ヒーホー。良く撮れてるのでなんだか嬉しいのです。うふふ」
女は鏡映りも写真写りも気にしなきゃならなくて大変だな。適当に納得してから、いつかは茅ケ崎の唇の皺すら撮れるカメラマンになる事を目指す田中には、雑誌付きのパーツタレントの話はした。俄然やる気が出たらしく、腕を磨くため山にも湖にもいこうとバイトを始めたらしい。もちろん、カメラ代も含む捻出を考えてある。一途に情熱だが、その間に茅ケ崎が新たなる甘味を求めて太ったりしたらどうなるんだろう。愛せるのか? 体形の劇的な変化とかって。まあ田中は田中で何とかするだろう。もしかしたらその中でまた違う運命と出会うのかもしれない。想像すると中々楽しい。そう言えば軽音部も宅録用の機材を部費で落としてたな。色々危ないんじゃないだろうか、この学校。まああと二年ぐらい持ってくれればそれで良いが。
ちなみに笛吹は学校に漏らせない秘密を作ったことにより、光画部を除名されたらしい。次は新聞部に、と野望を燃やしたらしいが、そこは強い者に弱く弱い者に強い了祐が新聞部の先輩達に事件の事を話し、阻止したそうだ。学校には秘密だと言っただろうが、と突っ込むと、先輩達は口が軽いだけだよ、と返された。お前もな。
と、茅ケ崎は写真を眺め、くふふっと笑う。
「私に食べさせてくれてる時の鵜住君って、なんかすごい優しい顔してくれてたんだね」
「ま、子供の扱いは慣れてるからな」
「どうしてまた。って言うか子供じゃないんだけどな、ばじるちゃん。君と同級生だよ」
「背は高くもないだろ。従弟妹八人全員年下、六歳から親が宴会やってる時の子守役」
「お疲れ様です」
「最近は思春期で声も聞いてない。兄ちゃん寂しい」
「うちはどっちも一人っ子だから親戚には可愛がられてたからなあ。ちょっとは憧れるものだよ、ホーヒー」
「いやだからホーヒーは無いだろうって」
言い合いながら、俺と茅ケ崎は玄関に歩いて行った。
ちなみに了祐はあれ以来田中が怖いらしく、隠密行動をとるようになった。
なんでこんなに極端なんだ。お前って奴は。
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