第4話


「ケーシも茅ケ崎さんも遅いよー!!」


 複数人の生徒――男女含む――に取り囲まれて玄関前にいた了祐は、まず走り出して茅ケ崎に抱き着こうとするが、華麗に避けられた。たたらを踏んだ腕を転ばないように掴んでやると、女の子じゃない、とブーたれる。はあっとため息を吐きながら各々方を見れば、同級生の田中もいた。背が高いから目立つ。よく見ると隣に笛吹もいる。何故か虎の威を借る狐、と言う言葉が浮かんだ。何故だろう。


「すまん、茶飲んでた」

「パンケーキ食いつくしてた」

「僕の優先順位って!?」

「それはともかく――この面子は何者だ?」

 気の強そうな女子が胸を張って出て来る。

「光画部よ、私達は」

「ああ――写真部みたいなもの」

「光画部は光画部! 私は旧部長の板垣陽子! それで、何だってこの一年がこの写真を持ってたの!?」


 確かに名札は三年生だ。一年生に高圧的なのも頷ける。そして示された写真は、黒板に貼ってあった例の写真だ。説明ぐらいしとけよと了祐をじろりと見たら、ふるふると子ウサギのように震えている。殴られたなら腹だろうな。南無三。

 俺はとりあえず写真が手元にある説明を始めた。体育の時に貴重品を置いた教室に何者かが忍び込み、俺と茅ケ崎のお揃いのがま口と共に写真が貼られていたこと。同じクラスの田中に、板垣先輩は確認を取る。間違いはない。だが少し、汗をかいているようだ。

「それでその写真、何か仕掛けがあるんですか?」

「仕掛けじゃないんだけど……」

 途端に歯切れの悪くなる板垣先輩。

「これ、刷ったのは一枚だけなのよ」

「へぇ?」

「画質も荒いから県展に応募するのも躊躇われてて、もっと画質が良ければって話してて。それが丁度二週間前ぐらい。この写真を撮られたのと同じぐらいの頃なのよ。顔なんかはちょっと解り難いけど、これ、あなたとそこの茅ケ崎さんで間違いないわよね?」

「はい。俺が茅ケ崎と一緒に行った喫茶店です」

「ヒーホー思い出の喫茶店だね」

「お前は了祐の代わりに話の腰を折らなくて良い。で、写真の保管場所はどこだったんです?」

「アルバムを買ってそこに収めてあるわ。部室は鍵が無いから誰でも盗める状態」

 また無施錠か。

 ふむ。

 ロジックの欠片が、集まって来た所だな。

 例えばさっきから手汗を握ってる、田中とか。

 その隣でポーカーフェイス貫いてる、茅ケ崎が好きなはずの、笛吹とか。


 俺は学校に来るのは遅い方だ。低血圧で、飯食って歩き始めてやっとエンジンが緩く掛かりだす。了祐は朝から晩まで躁状態だ。茅ケ崎はニュートラルで、怒ったり泣いたりしたのを見たことはない。だから朝、角の店でどんな顔で部活用の菓子を貰っているのかも知らない。今度早起きして見るかと思ったが、残念深夜ラジオが俺を呼んでたり呼んでなかったりすることが多いし、何と言うか夜型なのだ。だから夜にテスト勉強しても朝一のテストではボロクソだったりする。

 早起きの為に栄養剤を枕元に置いたこともあるが、瓶を握りしめたまま十分経過していたこともあって、その作戦は止めにした。今はケータイのスヌーズでどうになっている感じだ。とにかく、俺は早起きにとことん向かない。だから朝の茅ケ崎とか知らないのだ。俺が学校に着く頃には殆どのクラスメートが揃っている。その中で、目立つ方の女子である茅ケ崎と俺が消えれば――煙が経つのに十分な、火種だろう。実際はただ両替してるだけなんだけど

 こいつ面倒くさがりなおっさんのごとく小銭を使わないから、金曜日にはそのがま口がパンパンになるのだ。頑丈な所は、本当お父さんを尊敬する。工房を持っている、と聞いた事があるが、そんな物をタダで頂いて良いのか、俺は何度も問い掛けたが、茅ケ崎はひらひらと手を振るだけだった。曰く、新しい製品の試作だからと。

「最初に写真がないのに気付いたのは?」

「私よ。作品管理も部長の仕事だもの」

 そうらしい。

「旧部長が管理、ですか?」

「まだ新部長が決まってないのよ。だから形だけでも引退したことになってる旧部長の私がやってるだけ」

「皆さん自前のカメラなんですか?」

「いいえ、カメラを持っていなくても気軽に写真が撮れるようにって、ちょっと古いのから卒業生の寄贈品まで、結構あるわ。……それが何?」

 苛立たし気にする部長を軽く無視して、俺は田中の前に立った。その目はきょろきょろとしていて、俺より少し背が高いと言うのに背中を丸めている。

「田中、お前自前のカメラ持ってないだろ」

 唐突に事実を指摘されて、びくっとそのでかい身体が震える。光画部の人々はざわめき出した。

「玄関にいつまでも屯ってるのも迷惑でしょうし、良ければ写真……光画部の部室でお話させてもらえますか?」

「……それで誰が盗人なのか、解るのならばね」

「ヒーホー解るの鵜住君。ばじるちゃんはさっぱりだよ」

「お前はそれで良いんだよ。って言うか了祐、いつまで俺の制服掴んでるつもりだ」

「だって光画部部員が多くてすごい威圧的だし、もしもの事があって学校新聞に載せる写真提供もしてもらえなくなるとなったら、今度こそ僕新聞部追い出されるんだもん~!」

「いっそ校内ペーパーでも作ってろ……」

 本当、俺は何でこんなのとつるんでいるんだろう。


 了祐との出会いは約十年前に遡る。そう、あれは給食のワゴンを運んでいてパンが一つ足りなかった、その次の日の事だ。余ってると思って食べちゃった、ごめんなさい、と頭を下げ教師たちは強引に俺達を仲良くさせようとした。インドアでぼーっとしているいるのが好きな俺と、図鑑を持って校庭の隅に生えている花を観察するのが趣味の了祐は、どっちも同じに異質に見えたのだろう。しかし学校の裏山までその手を伸ばすと、毒草まみれだった。各教室で絶対に裏山に行くのは止めましょう、とお達しが来るほど。

 その時俺は初めて了祐に声を掛けた。なんでそんなこと調べてるんだ?


 解らないと気持ち悪いじゃないか。


 了祐は名前の通り五人兄弟の末っ子で、兄の一人が裏山で遊んで転んだ際に毒草に触れて腫れ上がり、切開する羽目になった事があったのだと言う。だから危ないものはちゃんと調べなきゃいけない。そして排除しなければ。それはやがては地球をも殺すんじゃないかと思わせるぐらいゾッとしたものだ。ただの事故にそこまでのめり込む姿は、まるで図書室で読んだ探偵みたいだった。

 ……俺を巻き込むことを強要しなければの話だが。


 ともかく光画部の部室に部員全員と俺、了祐、茅ケ崎とが入ると、流石に小さくない部室でも満員だった。それでも茶道部の部室の倍はあるだろう。立って半畳寝て一畳とまでは行かないが、こじんまりとした和室に、部員が集まると四人でも結構窮屈らしい。今も俺は、了祐のハァハァ言う声を近くに――ん? 違うな、了祐は俺の後ろにいる。じゃあこの息は?

 首を傾けると、茅ケ崎が顔を青くして、フラフラしていた。

「すみません、ちょっと窓開けて換気してやって下さい。人酔いするんです、こいつ」

 茅ケ崎が最初にこうなったのに気付いたのは、全校集会でたまたま隣だった時だ。ぜーぜー言いながら眼はしっかり校長をとらえ、だが体幹はズレにズレまくっていた。座るよう促すと、ごめんと言われた。

「ごめん」

 また言われて、呆れの方が強くなる。

 これはさっさと、片付けてしまった方が楽か。譲ってくれた椅子に茅ケ崎を座らせ、俺はふぅっと息を吐く。えーと。


「皆さんの携帯端末を見せて頂けますか?」

「携帯端末? スマホかガラケーか、ってこと?」

「そうです」

 訝りながらも部員達は次々と携帯端末を見せて来る。やっぱりスマホが多くガラケーは少ないが、それは貸し出しのカメラで補っているんだろう。今時のスマホは画素数も高く手軽だ。

 そして。

 田中はガラケーを差し出していた。

 やっぱり、な。

 俺はそれを任意で借り受け、そのマイクロSDの中に自分と茅ケ崎の写真を見付ける。その他、殆どは食ってる茅ケ崎の幸せそうな顔ばかりだ。中には画素数も多くてディスプレイに写りきらない、横流し品であることも知れる物もある。せめてSDに保存することで茅ケ崎に笑顔を向けられている気分になりたかったのだろう。

「本当に茅ケ崎にメールなりラブレターなりを出したかったのは田中の方だったんだろ。そして茅ケ崎をこっそりと被写体にしていた。カメラのシャッター音に、茅ケ崎は慣れているから気付かなかった。だが最近俺や了祐と付き合ってる事が多くなり――」

「し、嫉妬して悪いかよ! ああそうだ、俺は茅ケ崎が好きだ! お前らが財布を共有してることだって、知った時は頭に血が上ったぐらいだ! でも茅ケ崎は取り柄もろくにない俺の事なんか見やしない、だったらせめて写真にと思って!」

「何で邪魔な俺が一緒の写真をコンクールに出そうと思った?」

「それを撮ったのは俺じゃない!」

 ほう? と首を傾げると、田中は隣にいた男子生徒をねめつける。笛吹だった。ああ成程。同じクラスなら、揃いのがま口の事ぐらい知ってておかしくはないか。それに教室に残って落書きもできる。ついでに多分小遣い稼ぎに、奴は俺達の写真データを田中に売ったんだろう。彼の手にあるのはガラケーだが、スマホと二台持ちしてる奴はそう少なくもない。中々年季が入ったもので、俺でも驚くほど旧型だった。ふうっと笛吹は息を吐き、両手を上げて見せた。そしてポケットから、スマホを出して見せる。これは画素数も多く、写せるだろう。

「適当な値段で売れたと思ったらこうなっちゃうんだもんなあ。田中の沸点低すぎなんだよ。せめての誤魔化しにガラケーで撮ったのにさ。それだったら容疑者過多で誤魔化せたのかもしれないのに」

 その言葉に、田中はがしゃんっと音を立てて自分の携帯を床に投げつけたが、SDはすでに抜いた後だったのでハードウェアは割とどうでも良かった。それから笛吹の胸元を引っ掴んで殴ろうとするのを、一番近くにいた俺が止める。渾身の一撃だったのか、それは随分重かった。

 はん、と鼻を鳴らした笛吹のその鼻に、俺は思いっきり指を突っ込む。第二関節まで真っ直ぐと。そう、人を殴る時は見えない場所を殴るものだ。ぽかん、とした田中に、俺は『痕が残る場所は止めておけ』と忠告する。こくこく頷く様子は、まるで張り子の虎のようだった。しかしきたねーな、自分でやっておいて何だけど。鼻水鼻糞のない健康な鼻で良かった。多少血は出たが、それは笛吹の制服で拭いた。ばっちぃ。えんがちょ。

「笛吹。お前、わざと田中に『茅ケ崎にラブレターを出した』って言ったんだろう。その反応次第で撮る写真の値段の換算とカモを見付けようとして」

「っつぅー……はは、流石の泡沫コンビか。でも俺が茅ケ崎好きなのは割とマジだよ。こんな変な奴、面白くて仕方ない」

「それは同意だが、学校で金銭トラブルに拉致は駄目だろ」

「本当にそれだけか?」

「へ?」

「お前も茅ケ崎が、好きなんじゃないのかって事だよ! 鵜住!」

「いやないわー」

「ないねー」

「ないなー」

 トリオで思わず合唱してしまった。

 さて、悪意ある晒し者にされてしまったのだから、こっちもどうにか落とし前を付けさせてもらいたいんだが、どうしたもんかな。晒し者にしたかったんだろうが、俺も茅ケ崎もニュートラルに黒板に向かったから、泡食ったのは田中達の方だろう。だからわざわざ首尾を訊きに来た。茅ケ崎ではなく俺に、と言うあたり、奥ゆかしい所がある。

 いや、奥ゆかしい奴は根拠もなく他人の盗撮写真を買いハートマークとか書かせて晒さないだろう。ついでに何の下調べもなく他人の恋仲を邪推することもあるまい。やっぱりただの自分勝手な阿呆か。確かに朝の両替は空き教室でやってるから、密室の秘め事に感じられなくもないが。平安時代辺りなら。

 ともかく片を付けなければなるまいな。唐突な告白にきょとんとしている茅ケ崎は無反応だ。その椅子の後ろでしゃがみ込んだ了祐は今回使えない。

「ちなみに部長」

「な、なに?」

「部長から見てこの写真は良い写真ですか?」

「え、あ――そうね、被写体がそれを意識していない自然な行動で、あまつさえ男の子が女の子に食べさせてあげる、って言うのは結構可愛い絵面だと思う。二人とも笑顔でやり取りしてるから、余計に恋人同士に見えるかな」

 いつの間に俺は茅ケ崎の彼氏になっていた。

 まあ、それはどうでも良いか。

「じゃあ一番良いカメラ持って、あの花壇の所で俺達が入るの見ててください」

「へ?」

「ちなみにケーキ代と紅茶代は出していただきます。それが、学校に対して秘密にすることの条件です」

「あの、鵜住君?」

「もう一度、最高の環境で、今度は田中自身の手で取り直せばいいだけですよ。こんなの」

 俺は空気に酔ってハンカチで口元を押さえている茅ケ崎を立たせ、魔法の呪文をその耳に吹き込む。しゃりん、と胸元でいくつかの五十円玉が鳴った。取り敢えず一掴み置いて来たが、足りたのだろーか。ポットで頼んだ紅茶だったから、ちょっともったいなかった。

「頑張れたらパフェも付ける」

 茅ケ崎はしゃきんっと背筋を伸ばした。

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