第2話

 体育の時間、貴重品は教室に置きっぱなしになる。俺と茅ケ崎のがま口もそうだ。入っているのは精々千円ぐらいなので特に被害があっても困らない。昔は探偵の真似をして靴下に現金を仕込む、なんてことにハマった事もあったが、すぐに飽きて財布にした。そして今はがま口だと言うのだから、俺は普通の財布と縁が薄いらしい。いや、茅ケ崎のお父さんはえらく器用な人のようだが。

 グラウンドで男女混合サッカーを終え、帰ってみると。


 黒板には俺と茅ケ崎のがま口がぶら下がっていた。

 曰く、『秘密の関係』と赤のチョークでハートマークをまき散らしながら。

 そして、俺が茅ケ崎にホットケーキを食わせている写真付きで。


 思わず茅ケ崎を見ると、彼女は自分の分のがま口を取って、首に掛けた。ジャージは一度着替えたらそのままで良いので、大して問題はない。放課後に着替える奴が何人かいるぐらいだ。どうせ掃除の時間に着替えるんだし。ともあれ俺は茅ヶ崎と同じようにする。写真はどうしたら良いのか解らなかったが、取り敢えず取っておくことにした。当事者達の余りにあっけらかんとした態度に、クラスメート達の方がよっぽど泡を食っている。

 俺は一応、了祐に訊いてみる。

「この写真を撮ったのはお前か? 了祐」

「し、知らないよ、僕じゃない! 逃げも隠れもするけど嘘はつかない、知ってるだろケーシ! そもそも二人で喫茶店とか僕だって知らなかったよ!」

「出所に心当たりは?」

「解んない……でも多分画質の感じから、ガラケーか安いか古いデジカメで撮ったものだとは思う」

「容疑者多数か」

「光画部の人ならもう少し解るのかも」

「こうがぶ?」

「まあ、簡単に言っちゃうと写真部だね。放課後そこに行って調べてみよう」

「ばじるちゃんも行って良いかな?」

 のす、と背後から肩に顎の尖りを感じて、一瞬ぞっとする。だから、お前は、いちいち気配を消すな。何故小銭が鳴らない。こいつの事は解らないことばかりだ。了祐は良いけれど、と少し口籠っていた。多分俺達が一緒にいるだけで、黒板の落書きの信憑性が上がってしまうのではと思ったのだろう。珍しい気遣いだが、今はそうも言っていられないだろう。

「取り敢えずお金の事だから僕先に職員室までひとっ走りして来るよ」

「ああ、頼む」

「ばじるちゃんはー」

「お前の出番は放課後だ」

「うぃ」

 しかし貴重品置いて行かせて鍵は掛けないんだから、学校って呑気な施設だよな。思いながら俺は一応五十円玉二十枚を確認する。席に戻った茅ケ崎はそうせずに、さっさと次の授業の準備をしていた。女子たちはひそひそキャッキャと盛り上がっているが、男子は何人かが肩を落としている。先に言ったように茅ケ崎は顔もそこそこ可愛い方なので、懸想する男子もいたんだろう。そう言う人達と対立はしたくないな。面倒くさいし。と、とんとん、肩を叩かれた。

「お前、茅ケ崎と付き合ってるのか」

 ガタイの良い男子だ。殴られたら一発でノックアウトだな。

「付き合ってない。互恵的な関係がしいて言えば二つ」

「何だよそれ」

「本人に聞いた方が早いよ、それは」

「あいつ先月茅ケ崎にラブレター出して、返事まだなんだよ」

 しょげている一人を目で示し、男子は俺を睨んだ。背を丸めたポーズをしているのは、確か笛吹って言ったかな。今時ラブレターとは古風なものだ、と、ラインやメアドを知らないだけかもしれない。つまりお友達としてすらカウントされていないんだろう。頑張り方をちょっと間違えたらしい。とは言えそんな友人の為の義憤に燃えてやる俺でもない。俺をねめつける彼の体操着には、田中と縫い付けてあった。平凡な名前だな。読み違えが無くて良い。俺の場合はテストで名前書くのがもう面倒くさいし。

「写真は二週間前だよ。フォークもナイフも使えないから与っただけ」

「そう言う頼みごとをさせる仲だったって事だろ」

「まあ、普通に頼まれたら訝られるからな。丁度その秘密を知ってた俺に白羽の矢が立っただけで。了祐だった可能性だってある」

「了祐? ああ、粟野か」

 あれだけやらかしてるのにお前の名前浸透してないな、了祐。

 男は渋面を作ってじゃあ一体誰なんだよ、とぼやく様に自分の席に戻って行った。さてと、次は英語か。ざわざわしていた教室は、黒板の落書きが残っているだけになり、英語教師はきょとんとしてそれを消した。

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