一紗、怒りに震える(四)
小細工は使わなかった。
「ついて来て欲しい」
と頼む私に、一応は理由を尋ねたソージだったが、「言えない」と返すと、黙って後をついて来てくれた。意外にも優しい幼馴染に、心中で感謝する。私が困っている時や迷っている時は、黙って後ろをついて来てくれる。好きにさせてくれる。
悔しいほどに私という人間をわかりきったこいつが、今夜お幸ちゃんのものになるのだ。
向かった中庭の桜の木の下でお幸ちゃんを見つけると、ソージは訝しげに眉を顰めた。「じゃあ」と踵を返す私を引き止めて、
「じゃあ、じゃねえよ。お前もここにいろ」
なんてトンチンカンな要求をしてくるけれど、そういうわけにはいかない。
「莫迦言え。私がここにいても邪魔なだけだろ」
「邪魔ってなんだよ。そんな顔をしたお前を一人にできるわけねえだろ」
「~っ! あーもう! 私のことはいいから、お幸ちゃんと話をしてくれよ!」
掴まれた右腕を振り解くと、縁側から母屋に上がる。そこから部屋に戻るふりをして回り込めば、草垣の影から盗み聞きをするトシゾーにかち合った。
「やっぱ来たじゃんよ。気になるんだろ?」
「……うるさい」
「気にしてもらわなきゃ困る。じゃなきゃ、ソージが報われねえ」
などと、よくわからないことを言うボンボンの隣に腰を下ろす。ぶるり、と寒さに身震いをすれば、いつの間にかはらはらと雪が降り始めていた。静かな静かな、牡丹雪。これは積もるかもしれない。
草垣の影からでは、二人が何を喋っているのか、よく聞き取れなかった。だけど、その表情はくっきりと見える。雪の中、映える赤に頬を染めたお幸ちゃんが、一生懸命に何かを喋っている。話を聞くソージの目が、ゆるゆると見開かれた。
「あいつ、お前と一緒で鈍いから、多分気づいていなかったぜ。お幸に想われていること」
「……私は、それを知っていたトシゾーの方が驚きだけどな」
「そんなの一目瞭然だろ。ほれ、お幸の髪に挿された玉簪、あれはソージに選んでもらったものだって、お幸は嬉しそうに話していたぜ」
なるほど。だからお幸ちゃんは、玉簪を肌身外さずつけていたのか。
無意識に髪紐へと手を伸ばす私に、
「羨ましくなったか?」
と含み笑いを漏らしながら、トシゾーが尋ねる。
「……なんで羨ましがる必要があるんだよ。私に簪なんて似合わねえし」
「お前さんもさ、とっとと素直になっちまわないと、大事なもん、掻っ攫われてしまうぜ?」
「大事なもんってソージのこと? あいつとはただの腐れ縁で……だから、お幸ちゃんがお婿さんにもらってくれるのなら、肩の荷も下りるってもんだよ」
「そうかあ? 俺たちみんな、ソージとお前が一緒になって、試衛館の五代目を継いでくれることを望んでいるんだぜ?」
予告なく投下された爆弾発言に、目を見開いたまま固まる。みんなって……みんな? 私とソージが一緒になることを望んでいるの?
「ありえない……」
「お、動きがあったようだぜ」
お幸ちゃんに向かって小さく頭を下げたソージが踵を返す。一方のお幸ちゃんは、すとんと感情が剥がれ落ちた双眸で、じいっとソージの後姿を見つめていた。
「……あのさ、私の目が狂っていなかったら、あまりお幸せそうには見えないんだけど?」
「狂ってねえよ。まあ、こうなるわな」
「な、なんで!? ソージのくせに、お幸ちゃんを振ったって言うのか!?」
「お幸じゃ駄目なんだよ。ソージには」
意味がわからない。衝撃からぐるぐると目を回す私は、気がつけば立ち上がっていて、
「ソージっ!」
かける言葉も見つからないくせに、その名を叫んでいた。
「わっ。莫迦野郎」
慌てたように袖を引くトシゾーに構わず、じっとソージを睨みつける。ゆっくりとこちらを振り返ったソージは、降り積もる雪よりも凍えた声でぽつりと言った。
「――――お前、最低だな」
――――お前はソージの気持ちを考えたことがあるのか?
トシゾーに言われた言葉が、鼓膜の裏で蘇る。
呆然と立ち竦む私に一瞥をくれたソージが、くるりと背を向ける。
その瞬間、視界の端で赤が散った。
「お幸ッ!!」
トシゾーの焦った声に、はっと我を取り戻す。中庭の桜の木の下。うっすらと積もった雪の上には、点々と散った血痕と、倒れるお幸ちゃんがいた。
「お幸ちゃん――――っ!?」
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