一紗、怒りに震える(二)



「え? 若先生の子の名を考えて欲しい?」


 愛らしく首を傾げるお幸ちゃんに、こくこくと頷く。必死な私を見て、お幸ちゃんはくすりと笑った。


「お常さんに頼まれたのでしょう?」

「なんで知ってるの?」

「宗次郎さんが言っていたもの。すごく心配していたわ」


 どこか寂しげに笑ったお幸ちゃんが、髪に挿された簪を指でなぞった。赤い珊瑚玉の玉簪。時期は忘れたが、お幸ちゃんの髪に挿されるようになってからは、彼女がこれをとても大事にしていることを私は知っていた。


「お幸ちゃん……なにか悩み事でも?」


 憂いを含んで普段より何倍も艶っぽい顔をしているお幸ちゃんに、おそるおそる尋ねる。この顔で言い寄られれば、断れる男はいったい何人いるのだろうか。


「悩み事っていうか……そうね、悩み事」

「気の利いた助言ができる自信はないけど、私でよかったら相談に乗るよ?」

「うん……かずちゃんはさ、まだ若先生のことが好きなの?」


 突拍子のない言葉に面食らう。まったく、お幸ちゃんもソージもなんなんだ。私に昔の恋を思い出させて、何がしたいのだろう。


「いやあ……そりゃあ好きだけど、今は親愛の好きっていうか……」

「本当に? 無理してない?」

「無理……してたところで、どうなるんだ? 若先生には赤子まで生まれたんだ。今更どうしようもないだろ?」


 思いの他食いついてくるお幸ちゃんに、若干いらいらしながら答える。本当のところ、今でも若先生のことを恋愛として好きかと訊かれても、わからなかった。

 だって、わからないまま終わった恋だもの。今更蒸し返したところで、わからない。


「じゃあ、かずちゃんには、今恋をしている相手はいないのよね?」

「だから、いないって言ってるだろー?」

「だったら、私が宗次郎さんに想いを伝えても構わない?」


 息を止め、目を丸くした私を、お幸ちゃんが横目で見遣る。無表情のまま、私を観察するようにじっと見つめると、髪に挿された玉簪に触れた。


「私はずっと宗次郎さんのことが好き。友だちなら協力してくれるよね?」


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