宗次郎、恋敵に焦る(一)



「頼も――うッ!」


 うだる暑さが続く猛暑。道場に響いた甲高い声に、みなが手を止めてふ、と顔を上げる。だからといって、聞き覚えのある声ではない。どうせまた道場破りだろう……と、手拭いで汗をふきふきする俺は、視界の端で山南さんが慌てて駆けていくのを見た。


「山南さん?」


 もしかして、山南さんの来客だろうか。後に続く俺の背後で、更に足音が響く。振り返れば、同じく汗だくの一紗が、後ろからほてほてとついて来ていた。


「ちょっと休憩がてらに」


 にかりと笑う一紗に同意する。ちょうど、一息つきたいと思っていた頃合だったのだ。

 道場の入り口には、青々と月代を剃った青年が一人立っていた。歳の頃は俺や一紗と同じくらいか、いくつか下だろう。頬に差す朱色が可愛らしい、美青年だ。


「やはり、藤堂君ではありませんか」


 山南さんに「とうどう」と呼ばれた青年は、くりくりと大きな目を輝かせると、ぱっと山南さんに抱き着く。この猛暑の中、こちらが思わず引くほど熱い抱擁を済ませた青年は、


「うわーん! 山南さん、お久しぶりです! 探したんですよ~!」


 と、おいおいと泣き始めた。といっても、本当に涙が流れているわけではない。

 それでも、山南さんをしっかと抱き締めて離さない青年を指差し、一紗が「生き別れの兄弟か衆道物語の参考人、どっち?」と尋ねた。あいにく、どちらも外れらしい。


「彼は藤堂平助とうどうへいすけ君といって、以前お玉が池道場で共に学んだことがある朋輩です。ほら、藤堂君。ちゃんとご挨拶をして」


 来客に気づいた若先生や歳三さんらが、わらわらと集まってくる。その中で、青年は直感的に誰が道場主かわかったのだろう。若先生をぴしりと指差しながら、声高に言い放った。


「あんたか。山南さんをたぶらかした張本人は」

「と、藤堂君?」

「おかしいと思ったんだ。山南さんがお玉が池の道場をあっさりと辞めて、こんな聞いたこともないような田舎道場に居着いたなんて。どうせお前たちが、山南さんの弱味を握って無理矢理押し留めてんだろ!」


 清々しいほどの勘違いっぷりである。頬を紅潮させて怒る姿は、もはや可愛らしくもある。

 さて、山南さんがここに居着いた経緯を、どうわかりやすく説明しよう、とみなが思案する中、真っ先に口を開いたのは、頭弱い代表・一紗だった。


「弱味って、男同士のちょめちょめ本のこと? それはここにいるみんなが知っているから、弱みにもならないし、脅しにもならないぜ。ってかお前、若先生に無礼な口をきくなよ」


 慌てて一紗の口を手で覆ったが、手遅れだった。指差す対象を若先生から一紗へと変更した青年は、形のよい唇を大っぴらに開けて驚いている。


「女!」

「おう、それがどうした。私は女だけど、あんたよりも強いぜ。北辰一刀流の坊ちゃん」

「一紗!」


 この減らず口が!

 若先生が罵られたからって、すぐ頭に血を上らせてんじゃねえよ!

 目で訴えるも、すっかり頭に血が上った莫迦女には通じない。それは、一紗の挑発に乗った青年も同じようだった。


「ふざけるなよ! 俺は、北辰一刀流目録を修めてんだぞ!」

「へえ、目録。北辰一刀流の身代がどれほど偉いか、勝負してみる? あんたが勝ったら山南さんは返してやるよ。だけど負けたら、若先生に今までの非礼を詫びてもらうからな」

「望むところだ!」


 そうして、決戦の火蓋は切って落とされた。


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