一紗、未知の世界を知る(一)



 日に日に日差しが勢いを増す季節になって、お幸ちゃんが恋物語にはまった。


金談衛露栖きんだんのえろす?」


 書物に書かれた名を見て、首を傾げる。ずいぶんと変わった名だ。


「今流行りの人なのよ」

「へえ? 面白いのか?」

「もちろん。すごく胸がどきどきするの。やっぱり、いけない関係って最高に燃えるわよねえ……」


 薄い書物を握り締めるお幸ちゃんは、至高の顔でうっとりと目を閉じた。書物をそろりと覗き込んだ私は、あまりもの衝撃に大きく仰け反る。


「お幸ちゃん、それ……!」

「んー?」

「お、お、お、男と男じゃん!」


 見開き一頁に描かれている挿絵は、男と男がちょめちょめしている絵だった。

 目玉を落としかねない勢いで驚く私に、お幸さんは大人びた笑みを向ける。


「あら、かずちゃん。衆道しゅうどうはご存じなくて?」

「しゅ、しゅーどー? その……男と男のまぐわいがか!?」

「しっ、声が大きい。そんなに大騒ぎするほど、珍しいことじゃないのよ。男しかいないお寺なんかじゃままあることだっていうし」

「ほんとなのか……? じゃあ、日野にある石田寺の骸骨住職も……」

「衆道かもね。そんなに毛嫌いすることじゃないでしょ。色道の極みは、男色と女色の二道を知ることだっていうし。今度土方さんにでも聞いてみるといいわよ」


 それは厭だ。なんだか色々とからかわれそうだ。

 白魚のように白くてほっそりとした手を頬に当てたお幸ちゃんは、ほうっと熱い溜息をついた。


「ねえ、かずちゃんは燃えないの?」

「は? 燃える?」

「だって、珍しくはないといっても、衆道は忍ぶ恋でしょう? 障害があればあるほど、色恋沙汰って燃えるわよねえ~!」


 「きゃー!」とお幸ちゃんは一人で盛り上がっているが、私には何が何だかわからない。男と男ということは、身近な例でいうとソージとトシゾーとかだろ? 二人が書物みたいにまぐわっている姿を想像したところで……おえっ。


「無理だ、無理無理。気持ち悪い」

「えー」

「例えばだけど、お幸ちゃんはソージとトシゾーとかでもいいの?」

「きゃー! ご褒美ね! 私は土方さんが念者で、宗次郎さんが若衆だと思うんだけど、かずちゃんはどう思う?」

「いや、お幸ちゃんが何を喋っているのかわからない」


 ぷくり、と頬を膨らせたお幸ちゃんが、胡乱気にこちらを覗き込む。


「うぶなこと言っちゃって。だったら、かずちゃんはどういう設定だったら燃えるの?」

「設定?」

「そ。私は同性同士とか身分違いとか、とにかく禁断の関係が好き。かずちゃんは?」

「か、考えたこともない……」

「じゃあ今考えましょう。かずちゃんはそうね……幼馴染とか、どう?」


 尋ねるお幸ちゃんは、目が本気まじだった。

 気迫負けした私は、気がつけばこくこくと頷いていて。


「う、うん。幼馴染。イイカモネ」


 ぐっと親指を突き出す私を、お幸ちゃんがじっと見つめる。視線の先にあるのは、トシゾーにもらった髪紐だ。


「かずちゃん。私は、障害があればあるだけ燃える性質なの」

「う、うん。さっき聞いた」

「だから、諦めないからね」


 そう言い残すと、書物を抱えて立ち去ってしまったお幸ちゃん。

 へなへなとその場に座り込む。剣術莫迦な私は、やはりいつになってもこの手の話が苦手だ。


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