宗次郎、恋を知る(四)



 ふう、と吐いた溜息が白く染まる。桜が見頃の季節といえども、夜はまだ冷える。こういうのを風流に言うと、花冷えというのだろうか。あとで歳三さんに訊いてみようと思ったところで、きしり、と床板が鳴った。


「あれ? 宗次郎、どうした?」


 現れた若先生は寝間着姿だった。当たり前だ。これから、新妻と床入りなのだから。それを狙って、寝室へ向かうためには必ず通る廊下で待ち伏せていたのだ。


「若先生。一つ、お願いがあります」


 うっすらと笑う俺に、若先生が大真面目な顔で首肯する。そうして切り出したに、若先生は理由も聞かずに承知してくれた。奥方には自分から謝ると言う俺を止めると、「あれも武士の妻になるのだから、こんな小さなことで文句など言うまいよ」と大らかに笑う。ゆったりとした足取りで道場へ向かう若先生を見送っていると、背後から唐突に声をかけられた。


「いいのかよ、これで」

「わ! と、歳三さん! 幽霊みたいに突然現れないでくださいよ!」

「俺はさっきからここにいたぜ。気づかなかったのはお前の方だろ。ったく、背後の気配に気づかねえなんて、お前らしくねえな」


 ぐうの音も出ない。俯く俺の頭を、歳三さんが無遠慮に掻き混ぜた。


「なにをするのですか! やめてくださいよ!」

「お前さん、いい男になったな」


 その言葉に、情けなくも涙が出そうになった。誤魔化すために唇を噛み締める俺を、歳三さんは無理矢理奥座敷へと引っ張っていく。


「さあ、今晩は飲み明かすぞ」

「ちょ、やめてくださいよ! 酒は苦手なんですって。歳三さんだって下戸げこでしょう?」

「仕方ねえなあ。だったら、今度お前さんの好きな甘味でも奢ってやるよ」

「本当ですか!? でしたら、八幡さまの桜餅がいいです!」


 俺が若先生に願ったのはたった一つ。一紗と手合わせして欲しい、と。ただ、それだけ。

 剣術莫迦である俺たちは、口で語るよりも剣で語った方がずっと素直だ。だから、一紗と剣で語り合って欲しかった。口に出せない想いならば、せめて剣で伝えて欲しかった。

 その結果が、良いものだったかはわからない。だけど、翌朝酔っ払いたちを叩き起す一紗は、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていて。ひっそりと埋められた墓穴を見ると、ほろりと笑みが零れた。


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