宗次郎、巻き込まれる(三)



 根雪が積もった小高い坂をざくざくと上った先に、その道場はあった。道場の名は「強者館つわもののやかた」。強そうではあるが、頭は弱そうな道場である。

 しかしながら、茅葺屋根かやぶきやねの長屋門は、試衛館のものとは比べものにならないほど立派。門を前にした歳三さんは、意気軒高いきけんこうと俺に言い放った。


「いいか。俺はてめえの助けなんか求めちゃいねえ。踏みにじられた誇りは自分で取り返す。てめえはあの冴えない道場で、一生棒切れを振ってろ」


 ふん、と一つ荒い鼻息を残すと、大門をくぐっていった歳三さんを、白けた目で見送る。自分一人でどうにかすると言うのなら、ちらちらとこちらを振り返らないでもらいたい。これでは、「構って欲しい」と言っているのと一緒だ。


「あ、おい! なについてきてんだ! 俺はてめえに助けて欲しいなんて言ってねえからな!?」

「はいはい」


 門下生らしき若者に取り次いでもらって対面した道場主は、道場名をそのまま人にしたような強面の大男で。筋骨隆々とした立派な身体つきには、多少の威圧感すら覚える。来訪者が歳三さんだと知った男は、分厚い唇をかすかに歪めてみせた。


「またあなたですか。今度はなんの御用で?」

「御用も何も、踏みにじられた誇りを取りに戻しに来ただけよ」

「誇りを取り戻しに来たとは……ここで再び私に負ける方が、あなたの誇りに傷をつけるのでは?」

「はっ。てめえの甘言には乗らねえよ」


 これでは埒があかない、と判断した俺は、手っ取り早く名乗りを上げることにした。


「あなたは?」

「俺は試衛館道場門下生の、沖田宗次郎という者です」

「試衛館……? 聞いたことがないですね」

「うぐっ。……まあ、試衛館のことはどうでもいいのです。今日俺は、この構ってちゃん……じゃなかった、土方歳三さんの名代みょうだいとして伺いました」

「名代? あなたが、彼の何をすると?」

「もちろん、仇討ちですよ」


 道場に立て掛けてある竹刀を一本拝借すると、道場主相手に構える。何だかんだ言ったが、歳三さんは決して弱くない。金蹴り目潰し何でもござれ戦法を認めるなら、自分でも歳三さんに勝てるかは危ういくらいだ。だが、金蹴り目潰しが許されるのは、実戦に限った話。ゆえに、ちゃんとした型を習っていない歳三さんは、道場剣術になるとその力を十分に発揮できない。


「よくわからないが……これは道場破りの一種とみなしても良いのだろうか。だったら、私にはこの勝負を受ける責務がある」


 どこか困惑した様子の道場主が竹刀を構える。十分に力を発揮できなかった歳三さんが惨敗したからといって、油断は大敵だ。それは、彼の構えを見れば一目瞭然。

 ごくり、と喉を鳴らす俺にそろそろと近寄った歳三さんが、そっと耳打ちをした。


「気をつけろ。相手は白川藩の元剣術指南役だ」

「はあっ!?」


 そういうことは早く言ってください!

 そう怒鳴り返す前に、道場主が勢いよく打ち込んでくる。力量を図るためにも、最初の一撃は軽く受けようと思っていたのに、条件反射で避けてしまった。


「てめっ、歳三さん! そういうことは早く言ってくださいよ!」

「うるせえ! てめえが勝手に首を突っ込んだんだろ! つべこべ言ってねえで、とっとと決着つけやがれ!」

「あんたって人は~っ!」


 呆れて声も出ない。とりあえず、よそ見をしている余裕はないので、目の前の男へと向き直った。


「軽口とは随分と余裕なのですね」

「そんなことは……」

「あなたもあなたなら、あの男もあの男ですよ。聞いたこともない三流道場がつけ上がるから、かような弱き者を生み出すのです」


 今日は歳三さんの個人的な因縁を断ちに来たのだ。だからこそ、試衛館は関係ないと言ったのは他でもない自分自身。しかし、自分にとってたった一つの居場所を莫迦にされて黙っていられるほど、俺は人間できちゃいなかった。


「……ふざけんなよ。強者館なんて謳っているが、あそこにはあんたより強いやつがごろごろいんだよ」

「なんだと?」


 道場主の二撃目を受けてはっきりとわかった。この男は一紗に比べて圧倒的に遅い。渾身の強打だって、あの怪力に比べると天と地の差がある。一紗にも遠く及ばないような相手など、俺の敵ではない。


「そうだ。最近取得した型があるんだ。まだ一紗にも破られていないから、もしこれを破ったらあんたの勝ちを認めてやんよ」

「お、お前……!」


 ぐっと腰を落とすと、剣先をやや右に傾ける。天然理心流、平晴眼ひらせいがんの構え。勢いをつけて真っ直ぐに伸ばした剣先が目指すのは、男の額、喉元、胸元。三段構えの突きを、目にも止まらないような神速で一気に繰り出す。まだ一紗にも破られていない、唯一の技だった。


「ぐは……っ!」


 一紗にも破られていない技を、一紗に劣る相手に破られるはずがない。三段構えの突きを全て真面にくらった道場主は、そのままどうっと床に倒れた。


「先生……!」


 俺と道場主の対戦を聞きつけた門下生が、いつの間にか大勢集まっていたらしい。白目を剥いて伸びきっている道場主を囲みながら、門下生たちが「信じられない」と口々に叫んでいる。その中の一人、取り次ぎをしてくれた若者が、何やら紙の束を握り締めて、俺をきっと睨みつけた。


「たかだか発句帳一つで、この仕打ちはあんまりです!」


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