宗次郎、巻き込まれる(一)
秋が過ぎ、江戸の町でも雪がちらちらと降るようになった頃。年が明け、十八になった俺は、相も変わらず剣術三昧な毎日を送っている。
そして大変喜ばしいことに、年が明ける前くらいから、にょきにょきとタケノコのように背が伸びるようになっていた。人知れずほくそ笑む。いける。これなら、一紗を追い抜く日もそう遠くないはずだ。子供の頃からひたすらに「ちび」と莫迦にされ続けた人生ももうおしまい。じーんと感慨に耽る俺に若先生が困った顔で相談をもちかけたのは、朝からどかどかと大雪が降った日だった。
「最近トシの姿を見ないが、宗次郎は何か訊いていないか?」
言われてから気づいた。そう言えば、年明け前くらいから……いや、永倉さんがここに居着くようになってから、歳三さんの訪れがめっきり減っていた。来ないのは雪道で危ないからだと思っていたけれど、それにしてもあれだけ入り浸っていた人間がぱったりと来なくなるのはおかしい。
「さあ……? 俺は何も聞いていませんけど」
「そうかあ。一紗も何も聞いていないって言うんだもんなあ。今度彦五郎さんのところでも行ってみるかな」
何も聞いてはいないが、心当たりがあるにはある。歳三さんは永倉さんのことを避けているのだ。嫉妬しているのだ。だから、試衛館にも近づかない。今頃、どこかの岡場所か女の元に転がり込んでいると思うのだが。
「まあ、若先生も忙しいからなあ……」
それに、歳三さんにハッパをかけた責任を感じないでもない。小さな罪悪感から彦五郎さんのところへ行くのを買って出た俺に、若先生はついでとばかりに出稽古もお願いした。冬の初め頃に周助先生がぎっくり腰に倒れて以来、道場の負担を一心に背負っている若先生は、目が回るほど多忙だ。吉原で女遊びをしている最中に腰が逝ったという話だから、周助先生には誰も同情しない。特におかみさんなどは、久しぶりの実家帰りを敢行して、道場はてんやわんやの大騒ぎだったのだが……若先生ただ一人だけは、周助先生を庇って後始末に駆け回っている。そんな若先生に出稽古のお願いをされたとあっては、断れるはずがない。
「あー、寒う……」
真白の道をざくざくと踏み締めながら、白い溜息を吐く。ったく、あのボンボン。どこまで面倒くさい男なのだろうか。自分よりもデキる男が現れたくらいで、拗ねてしまうなんて。
むかむかとむかっ腹を立てながら辿り着いた日野宿では、いつもの数倍稽古が厳しかったと、門下生から大不評を買うことになった。
「え? 歳三? 今日は来ていないわよ」
そして、本題の方も空振りに終わった。がっくり、と肩を落とす俺を、お信さんが不思議そうに見遣る。
「そんなに歳三に会いたかったの? 珍しいわねえ」
「いえ、俺じゃなくて若先生が、です。会いたいというより、最近試衛館に姿を見せないので気味が悪いというか……」
「ええ? あのボンボン、試衛館にも近寄ってないの? 最近じゃうちにも寄りつかないのよねえ。変だなあとは思っていたけれど、試衛館にも顔を出さないとなると、いよいよどこかおかしいわね」
お信さんの話では、佐藤夫妻の前に顔を見せないが、日野宿を訪れた痕跡はちょこちょこと見かけるらしい。だからおかしいと豪語するのだか。
「あの……歳三さんが来たか来ていないかは、何を見ればわかるんですか?」
「簡単よ。あのボンボンは、私の漬けた
そういうことらしい。試衛館を避けるまでが、義兄夫婦のことまで避けているとなると、ひねくれっぷりは伊達ではない。
お信さんの話を聞いて、試しにいくつか拝借してきた沢庵を、撒き餌替わりに道場の外へ並べてみたが、歳三さんが引っかかることはなかった。もったいなかったので次の日の朝餉に出してみると、一紗は喜んで一本丸々平らげてしまった。
「ふうん……お姉さんのところにもいないってことは、トシゾー、どこに行っちゃったんだろうねえ。今頃、寒空の下で野垂れ死んでたりして」
「は。あのボンボンがそう簡単に死ぬタマかよ」
「違いねえや」
そう一紗と軽口を叩く俺は、歳三さんの捜索を完全に放棄していた。どこで何をしているのかは知らないが、雪でも溶ければひょっこりと顔を出すようになるだろう。楽観する俺の元に思わぬ人物が転がり込んできたのは、この冬最後の大雪が降った日のこと。
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