一紗、狼少女になる(五)
ついでとばかりに、
「見えてるぞ、全部」
と言うソージの言う通り、腰紐を失った夜着は見事に前が御開帳になっていた。同時に腹の魔物を思い出した私は、一目散に厠へと駆け込む。念願叶ってすっきりと戻って来た時には、騒ぎを聞きつけた周助先生やおかみさん、若先生が土間へと集まっていた。
「一紗! いったいあんたは、いつになったら成長するんだい!」
戻ってきてからの第一声は、おかみさんの叱責だった。ついでとばかりにぽかりと殴られ、くらくらする頭でおかみさんを見上げる。
「へ……?」
「間抜けが間抜け面を晒すんじゃないよ! 六年前と同じ嘘で大人をからかって、今度は何を企んでいるんだい!?」
いや、企むもなにも、おかみさんが何の話をしているのかがわからないんだけど……。
ふらふらとたたらを踏む私の夜着を引っ張る手があった。
「早く申し開きをしなよ」
「は?」
「だから、歳三さんの時と一緒で、一紗が賊を招き入れたと思われているんだ。一応弁明してみたけど、さっぱり信じてくれなくて。ま、前科があるから仕方ねえよな」
どこか他人事のように話すソージを思いっきり睨みつけるが、涼しい顔で視線を逸らされた。
脳みそ筋肉でできている私でも、流石に状況が理解できたぞ。この賊は私がおかみさんたちに何らかの要求を呑ませるために、自ら招き入れた賊だと思われているのだ。それもこれも、勘違いさせるような前科を作ってしまった自分が悪いとわかっている。わかっているけれど。
「でも、違うって! こいつは私の知り合いじゃない! ましてや、トシゾーの怪しい薬売り仲間でもないと思うぞ? 正真正銘のやばい賊だって!」
「嘘おっしゃい! 金目のものに手をつけないで、お櫃の冷や飯に手をつける賊がいるかってんだ!」
「いるんだってば、ここに! 頼むから信じてくれよ~!」
命綱でも掴むかのように、周助先生に縋ってみたが、困った顔で見下ろされただけだった。
「えー! なんで!? なんで周助先生も信じてくれねえの!?」
「だってなあ……お前、悪さの前科が多すぎるのよ」
「そ、そんな~!」
頼みのソージを見遣れば、素知らぬ顔で視線を逸らされた。これみよがしに震えるお幸ちゃんに話しかけたりしている。このやろう。明日あいつの飯に腐った卵でも入れようと誓ったところで、がしりと頭を掴まれた。
「俺は一紗を信じるぞ!」
「わ、若先生~!」
私の頭を左右に振って笑う若先生が、菩薩か観音さまの化身に見えて仕方がない。勢いよく抱き着けば、なかなかの力で背中を叩かれた。
「どちらにせよ、この賊を番屋に連れていけば万事解決することだ。よし、一紗。そいつを
「合点承知の助!」
「ちょっと待ちなよ、勝太! 今から番屋に行こうってのかい? いったい何里離れていると……」
「大丈夫です、おかみさん。一紗の莫迦力に頼れば、疲れ知らずですから。夜が明けるまでには戻ってきますので」
よかった。信じてもらえた。他でもない若先生に。そのことがとてつもなく嬉しい私は、ついつい鼻歌でも歌いながら賊を担ぐ。
間近で見れば見るほど、小汚い男だ。顔面を覆う無精髭のせいで、容貌どころか歳の頃まで判然としない。がりがりというほどでもないが、それなりに痩せ細っている身体は、しかしなかなかの長身である。それを軽々と俵担ぎにすれば、おかみさんが呆れたように声を上げた。
「……頼むから、いくら疲れたといっても勝太を俵担ぎにはしないでおくれよ」
「合点承知の助!」
よいしょ、と賊を担ぎ直したところで、もぞりと身動きをした。驚いた私は、咄嗟に賊を取り落としてしまう。運のないことに顔面から床に落ちた賊は、「ひぎゃっ」と蛙が潰れたような悲鳴を上げた。
「あ。また伸びた」
ソージの言う通り、せっかく意識を取り戻した賊は、再び深い眠りに落ちてしまった。
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