第二幕 食客、集う
一紗、狼少女になる(一)
「金が、ない」
がっくり項垂れた周助先生を、ソージと二人、苦笑をもって見返す。十五歳になった私たちには、試衛館の懐事情をわかるようになっていた。
「剣術の志がある者ならば、誰でも彼でも門下生に加えるからですよ」
「しかも、金に困っているとあらば、謝礼は無期限で先延ばしにしてしまうんですもん。そりゃあ、貯まるもんも貯まりませんって」
口々にお説教を零す私とソージを、周助先生がどこかぽかんとした顔で見上げる。
「それをタダでうちに転がり込んでいるお前らが言うか?」
ぐうの音も出ない。ぎゅっと下唇を噛んだまま押し黙った私たちの後ろで、聞きたくもない声が響いた。
「金がねえのは、周助先生の下半身がお盛んなせいでもあるだろ?」
真昼間から最高に下品な台詞をぶちかました張本人に、振り向きざまに足払いをかける。それを器用に避けたトシゾーだったが、ソージの伸ばした足に躓いて頭から激しくこけた。
「何すんだ! このクソガキ共!」
「何するんだはこっちの台詞だよ。その下品な口、針で縫いつけてやろうか」
「本当に縫いつけてやりたいくらいですよ。周助先生を悪の道へ引きずり込む張本人が、よくもまあぬけぬけとうちの懐事情を語りますね」
「だってしょうがねえじゃん。確かにうちは金持ちだけど、そうたびたび遊ぶ金を無心するわけにはいかねえし。男には
「
「それはそれ、これはこれ」
いけしゃあしゃあと言ってのけたボンボンを、鈍器でどつきまわしたい衝動に駆られたが、渾身の理性で我慢した。
そう。剣術、人柄共に申し分ない周助先生だが、ただ一つ、困った癖があった。悪所通い――――特に吉原で女を見繕うのが大好きで、暇さえあればこの傍迷惑なボンボンと女を漁りに行っている。若先生やおかみせんがどれだけ諌めても、この悪い癖だけはどうしても治らない。怒りと呆れのあまり、おかみせんなんて何度か実家に下がっているが、反省するのはその時だけ、ほとぼりが冷めれば悪い癖はすぐに再発する。
それもこれも、この阿呆ボンボンが悪い遊びに誘うのが悪い。
「トシゾー、さっさと帰って。いや、帰れ。周助先生の悪い虫が疼き出す前に」
「帰れって……お前、俺は一応年上だぞ? 少しは敬え。ってか、どんどん言葉遣いが乱暴になってねえか? お前も一緒に吉原へ女磨きに行った方がいいんじゃねえ?」
「余計なお世話だ!」
後ろ襟を掴んだトシゾーを、庭先へ向かって勢いよく放り出す。ソージが背中を蹴り上げたことで勢いをつけたボンボンの身体は、面白いくらいに吹っ飛んだ。
「そういうわけで、悪い虫は払いましたので。周助先生も、私たちの目を盗んで吉原へ行こうとする、なんて真似はしないでくださいね?」
にっこりと凄めば、ごくりと生唾を飲み込んだ周助先生が、無言で静かに頷いた。
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