一紗、とりあえず成長する(四)



「クソガキ共が出稽古のお供とは、随分な出世じゃねえか」


 完全にからかい口調のトシゾーを睨みつけ、傍らの相棒を見遣る。だいたい同じ表情をしたソージが頷いたのを合図に、どちらともなく先を歩く若先生に駆け寄った。


「ねえ、若先生。あの穀潰ごくつぶし、どこまでついてくる気ですかね?」

「言うなよ、一紗。あのボンボン、無駄にある人脈を駆使して見つけた奉公先で見境もなく女中に手を出して、クビになったばっかなんだからさ。せめて俺たちだけは優しくしてあげよう」

「おい、クソガキ共。てめえら、大恩のある歳三さまに向かって、よくもまあ穀潰しだのボンボンだの言えたものだな」


 大恩、と言われて、否定はできない。女受けがよく、おかみさんのお気に入りでもあるこの男が口を挟んでくれたお蔭で、私とソージは剣術をできるようになったのだから。始めのうちはそれなりに敬意を払っていたが、なにせこのボンボン、人使いが荒い。ボンボンなのをいいことに広い人脈を駆使し、無駄にいい顔を利用して、女を口説くことに余念がない。そのうち恩義を盾にして、私やソージにまで付文つけぶみの配達や口説きの道具に使うものだから、おあつらえの敬意などとっくに冷めた。暇さえあれば試衛館に出入りし、私やソージを使って玩具のように遊ぶ薬売りのことを私は「トシゾー」と呼んでいるが、ソージはかろうじて「歳三さん」と目上の人らしい呼び方をしている。


「一紗も宗次郎もやめないか。トシも大人げないぞ」


 先を歩く若先生が、苦笑と共に溜息を零す。武州多摩群小野路村ぶしゅうたまぐんおのじむらの名主である小島鹿之助こじましかのすけさま、橋本道助はしもとみちすけさまのお屋敷へ出稽古に行く途中だ。トシゾーの義兄と同じく、この二人も試衛館に出資してくれる数少ない支援者だ。支援者であると同時に、剣術にも熱心な二人の元へ、若先生や周助先生はこれまで何度も出稽古へ出向いていた。今回は所用のある周助先生に代わって、私とソージが若先生のお供をすることになった次第だ。


「大人げないのはクソガキ共の方だろ」

「宗次郎と一紗はまだ十五なんだ。二十三のお前が本気になってどうする」

「十五を子供扱いするかっちゃんもどうかと思うがな」


 すっかりへそを曲げた様子のトシゾーを、若先生の小袖を隙間からちらりと見上げる。あっかんべー、と舌を出せば、こめかみにぴくりと青筋が浮いた。


「重ね重ね言うが、十五歳は子供じゃねえ! 俺はこいつらよりうんと幼い十一の時に、江戸の呉服屋へ奉公に行ってたさ!」

「で、番頭ばんとうに掘られかけて、夜通し泣きながら帰って来たんだったか。そりゃあたいした大人だな」


 若先生の呆れたような声に、トシゾーがぐっと押し黙る。私たちはというと、新たに得た面白い情報に歓喜していた。


「なにその話! もっと詳しく!」

「こら、落ち着きなさい。一紗」


 頭に置かれた大きな手に、ぐっと興奮を飲み込む。出逢った頃よりも随分と近くなった距離で微笑まれれば、自然と言葉は出なくなった。


「おい、このクソ猿。今聞いたことは全部忘れろ」


 背後からむんずと頭を掴まれる。同じく捕獲された様子のソージが、潰れた蛙のような呻き声を上げた。


「これ以上余計な口を挟むなら、そこいらの肥溜こえだめに投げ捨てるぞ」

「ふざけないでください。先に喧嘩売ってきたのは歳三さんでしょう」

「そうだそうだ! 大人げないのはトシゾーの方だ!」


 ぽかりと勢いよく頭をやられた。反撃しようと試みるも、自前の竹刀を握り締めた時には既に、トシゾーは遠くへ走り去っていた。


「おー、久しぶりに見たな。トシの韋駄天いだてん走り」

「若先生、この隙にあのボンボンを撒いて行きましょう」

「金を出さないボンボンはただのボンボンですからね。今の歳三さんには何の利用価値もありません」


 私とソージがかわるがわる口にする遠慮のない言葉に、若先生が苦い笑みを返す。若先生とて無駄にひっついて来たトシゾーのことを邪魔に思っていたのか、私とソージの手を握るとのんびりと田園を歩き始めた。ぎゅっと繋がれた手に、自然と笑みが零れる。トシゾーに子供扱いされた怒りなんて、いつの間にか吹き飛んでいた。



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