‐4‐ 見知った鳥籠
妖精はその脇で整備兵から機体の整備状況について説明を受けていた。そして、それが終わると機体をただ眺めているウィルに「ちょっと行ってくる。いい子にしていなさい。」と言いつけ、機体から離れるように指示した。ウィルも馬鹿ではない。こちらの思いなど、所詮は片思い。自分はこの場では主人公ではなくイレギュラー、選ばれたわけではない。故に彼女もその場で妖精が出撃前の点検のために機体を一周回りながら機体の状態を確かめているのを黙って凝視し、そしてそれ以上の会話を行おうとしなかった。
妖精は機体にかけてある梯子を登っていく。そして狭苦しそうにコックピットに体を収めると「機付長!」と、別の場所に行きかけた機付長を呼び戻した。「そいつをうまいこと守ってくれ……。」
「うへ?」機付長は同じく呆然としているウィルに一度視線を向けると、機体のはしごを上ろうとしている妖精の方を向いた。「女の子のお守りっすか?」
「ああ、よろしく頼む。」
はいはい分かった。と答えた機付長。妖精は更に念を押そうと「そいつは大切なヤツなんだ。」と言った後、で、どこに?と聞き返された。
「取りあえず、環名の機体でいいんじゃない?」
はははっと周りに笑い声が走った。彼女はジョークのつもりで言ったのだろう。勿論周りも、そう受け止めた。この笑いの意味を分からないのは、この場にいない環名、というパイロットが詐欺や盗みの噂が絶えないという事を知らないウィルだけだった。
その孤独感が改めて少女に自分が異質である、ということを宣告している。その辛さを紛らわすために妖精が素早くコックピット内を点検し、そのまま狭い洞窟から飛び出すのをじっと見ていた。眩ばかりの外ではいつの間にか学校の体育館で冬に使われるジェットヒーターのような轟音が突然響いていた。おそらく補助エンジンを噴き上げているのだろう。それが数十秒後には後ろに突き出た二基のエンジンを回し、機体はあっという間にウィルの前から消えた。
やがて空っぽの穴は主を失い静かになった。リューリカ=サトゥールンの幻獣の鳴き声、あるいは雷鳴のような轟音がしばらく脳の中で反響していたが、それが静まり返ると少女はまた一人になっていることに気付き、不安と異質さの中で俯いた。
「嬢ちゃん似合うねぇ……それ。」
先ほど機付長と呼ばれた中年男が男らしい力強さを伴った低い音程の笑いを出しながらそんな言葉をウィルに投げかけてくる。
「ありがとうございます。」
とウィルがいうと、俺たちに礼を言っても困るぜ……と返事した。
「そうだ、こんな姿だ。よかったら、ちょっと遊んでみない?」
「え、えっちな事はいけないと思います。」
「いや、そんな事じゃなくってさ………」中年男は困ったような表情で笑いながら言った「乗ってみたくない?戦闘機とか?」
そういって中年男が指差す狭いトンネルの反対側。やはりそこにも主たる竜が眠っている。
その機体はウィルの前ではR-27「アラモ」中距離AAM、R-77「アダー」中距離AAM、R-73「アーチャー」短距離AAMとECMポッドという東側兵装が付いている状態で待機していた。今にも飛べそうだ。少女がそう思わずにいられない光景がそこにあった。
「こいつは今整備中なんだ。」
中年男は笑いながらそんな事を言った。
「もうじき整備が終わるが、まあ、終わるまでは中でも入って好きにしていても良いってわけだが、嬢ちゃん?そう言うのはお嫌いかな?」
「………乗っていいんですか!」
ウィルは突然目を照明のごとく輝かせて質問する。願ってもみないチャンスだと少女は身を乗り出して許可を求めた。整備兵たちにとって見れば、ただ単にこの狭い洞窟の中で変なところにいて邪魔になったり、物品を触られて壊されるより狭いニワトリ籠に入っていた方がこのイレギュラーなヒヨコを管理する最適な方法だと思ったに過ぎない。最も、この機体の主の人望の無さも多少影響しているが……。
「ああ、いいが、変なとこ、さわって壊すなよ……。」
ありがとうございます!!と最後まで話を聞き終えることなくエルフの少女はハシゴを登り、機体に乗りこもうとする。中年男は不安げにそれを見守るも、少女はこれといった問題も無くコックピットに入るとそのままコックピット内部を点検するような動きをして、貸し出されたヘルメットの酸素吸入ホースと耐Gスーツを機体に接続し、最後に操縦桿とスロットルを握った。それを見た中年男は「なかなかのマニアっぷりだね。」と笑った。最も、「その毛」があったからこそ、そして、「最低限のマナー」をもって機体に接せると思ったからこそこういう行動をとったのだが……。中年男はすっかりコックピットに収まった少女に何かあったら大声で教えてくれ、と一言いって機体後方に去っていった。
一人になって、出来すぎた幸運に夢中で操縦桿を握り、両脚をラダーに当て、左手でスロットルを掴む。
(コレが、本物……。)計器を、真っ黒なグラスコックピットのディスプレイを、脇の所狭しと並んだスイッチ類を見る。いつもフライトシムで見慣れたそれらが一体何を指すのか、少女は一つ一つ思い出しながら手袋越しに触っていく。試しに機内照明のノブを回してみると各種スイッチが緑色に点灯する。それを戻してから少女は予定外の幸福とシート、そして精神の空白に身を委ねだ。
(ネット規制始まってからいつものサーバー行けなかったから、腕鈍っているだろうなぁ……。)
断続的に流れては消える意識がそんな思考を巡らせた。それからも短冊のように切り刻まれた思索の合間に狭いコックピットの中にうずくまり、操縦桿を左右に動かしながら、つぶやき、はあ、とため息をつく。
(戦争終わったらまた飛べるかな?)
ーFairy Tales : The partnerー 妖精の従者 森本 有樹 @296hikoutai
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