第一話

 自殺したと思ったら、赤ん坊になったとかいう玉手箱もビックリの変貌そして目覚めを経験した。その、半年後。


 結論から言えば、俺は生まれ変わったのだ。物理的に。

 その事実を受け入れるのに、さほど時間はかからなかった。


 やけに馴れ馴れしく話しかけたり抱っこしたりしてくる男女一組。勿論、知らない顔だ。

 彼らは、どうやら俺の両親らしい。言語が分からないので何とも言えないが、同じ単語を何度も繰り返しているあたり、「パパでちゅよ~。ほら、パパでちゅよ~」とか言っているんだろう。

 父の名前は、おそらくジェン・ヴォレール。茶髪で西洋人風な顔つきをしている。どう見ても日本人ではない。仕事は外に出るとき纏う作業着から鑑みて力仕事か何かだろう。だからか、それなりに筋肉質な躰をしている。

 母の名前は、これもおそらくエレナ・ヴォレール。一糸纏わぬ金髪で肩までかかる長髪だ。彼女も西洋人風である。たれ目で気弱そうな顔をしており、実際俺はこの半年間彼女に怒られたことはない-無論俺も痴呆ではないから率先して怒られるようなことはしていないのだが-。

 家の中に俺とこの二人しか住んでいないことから、恐らく俺が最初の子供だと思われる。二人の俺に対する溺愛っぷりからも察せた。


 ……というか、実はこんなことは些細なことでしかないことを、ここで注意しておきたい。

 俺が生まれ変わったうえで、最も驚くべき事実。それは、『この世界は俺が今まで住んでいた世界とは全く異なるものだということ』だ。

 それを決定づける証拠として、まず、世間で横行している文字が全く見たことがない。強いて言えばロシア語とインド語を足して2で割った感じだろうか。想像できないだろう?つまり、そういうことだ。あと、知っている地名が何一つ出てこない。両親の会話から察するに、俺が今住んでいる国はイデミア、というらしい。全く聞いたことがない。

 そして、最も決定づける証拠として。

 この世界には、魔法というものが存在-一般的なものとして認知されている-している。更に言うと、日常の一部になっている。

 火をつけるにも魔法。洗濯するにも魔法。戸締りするにも魔法。なんでもござれだ。うちの母親も使っている。どうやら、達者な部類らしいが。


 そんなこの世界。端的に言うなら、俺たちの認識からなるファンタジーワールド、ともいうべきだろうか。


 だが、実は俺にとってはそういった情報は何の意味も為さないのである。というか、そういった情報を得る前に、この世界を去るつもりだったのだから。

 元々自殺するつもりだったのだ。転生しようが、その思いは何ら変わらない。

 人生に絶望しつくしたのに、これ以上絶望する機会を与えるなんて、神様も残酷だ。その程度の認識しかなかった。


 生後一か月も経っていないある日。俺は両親が寝ている隙に、二階にある寝床を転がりでて、階段から思いっきり身を投げ出した。できるだけ、まだ不完全な頭部を強打するよう工夫して。

 痛みはあった。叫ぶほどあった。そりゃあ、頭蓋骨が不完全なうちに脳みそにそのまま衝撃を与えているんだから、痛いだろう。血もだいぶ噴き出た。脳震盪で朦朧とした意識の中で、自分のことながら、これは死ぬだろうなと思った。

 ……だが、痛いだけだった。落下した時の音で飛び起きた両親が駆け付けた時には、傷口も塞がっていた。痛みも無くなっていた。ついでに脳震盪も治っていた。

 この世界の人間は回復力もおかしいのかよクソが。と思っていたら、両親が泣いて無事に安堵しているのを見て、どうやらそうでもないことに気付いた。

 翌日、その筋の人に診てもらったところ-俺自身が知らされるのはもっと後のことなのだが-、俺はどうやら他よりも特別回復力が高い人間らしい。

 こういう常人ならざる力を持つ者を、神の寵愛を受けたものとして、「神童」と呼ぶらしい。100年に1人現れるか現れないか、というものだとか。


 ……前言撤回して、今から俺が転生したうえで最も驚くべき事実を発表したいと思う。

 それは、死にたくても死ねない体になってしまったことです。

 ハッピーセットにも程がある。100年に1人の貧乏くじを引いてしまった。


 ……どうか俺を死なせてくれぇ。

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ドMの転生奮闘記~それでも俺は自殺がしたい~ 相模原帆柄 @sagahara07

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