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 ジェフリー・パトリック・ホーガンは、ミシシッピ・リバー・ブリッジ近くの24時間営業のレストランへ盗みに入った。マーカスはホーガンを追いかけ、ガラクタやゴミが転がる雑草だらけの狭い庭を走った。

 人家の間を縫いながら、マーカスは腰に巻いた15ポンドのガンベルトを恨めしく思った。走っている最中、身体の周りでいろいろな物が飛び跳ねた。ホルスターと銃、黒いハーフケースに収めた携帯無線機、警棒の2倍も長い懐中電灯。バッジまでが胸ポケットの中でぱたぱた鳴った。おまけに防弾チョッキがガンベルトに押し上げられ、チョッキの上端が跳ねるたびに首の皮膚が強くこすれた。

 事件の一報が入ったのは夜勤中の午前1時ごろ。犯人は銃を持っているということだった。そのとき分かっていたのは、白人男性、身長約170センチ、年齢30歳から40歳ぐらい、中肉、服装はTシャツにジーンズとテニスシューズ。これだけだった。

 《でかい》銃で、弾が《いっぱい》込めてあったと、興奮したレストランのカウンター係は言った。後で装弾数5発、銃身2インチのグリップを外した38口径のチーフスペシャルと判明した。だがどんな銃だろうと、自分に向けられれば大きく見えるものだ。

 マーカスは他のパトカーに被疑者を発見したことを伝えられなかった。携帯無線機の調子が悪かったのだ。それでも、追跡は続けた。男との距離はおよそ20ヤードで、マーカスは息を切らし、あえいでいた。途中で時間が数分あるいは数秒とぎれる場所があり、周囲の音がすっと引いた。時おり、白い家に回転する赤い光がちらりと映し出された。ほかの警官たちもホーガンを探していた。

 ある家の角を曲がって正面に出ると、男は玄関ポーチの下へ足からもぐりこもうとしていた。マーカスと同様、はあはあと大きく息をしながら、地面の土を蹴っていた。それは想定内だった。追われる者は必ずこの界隈でどこかの家の下へ逃げ込む。だから、それがどこの家か分かるよう、相手との距離を詰めておかねばならない。

 想定外だったのは、ホーガンが隠れ場所から出て、銃を手に近づいてきたことだ。銃は怖くなかった。防弾チョッキを着ていたし、もし仮に切羽詰まった状況で発砲した場合、10フィート以内の標的をしとめられる確率はせいぜい17%だ。マーカスが恐れたのは、相手が左手に握っているナイフだった。それこそ《でかい》ナイフだった。だが、たとえポケットナイフだったとしても、マーカスは震えあがっただろう。

 銃は身体に穴を開けるが、撃たれても死ぬとは限らない。だがナイフは傷つけ、肉を切り裂く。切り刻んで、切り開いて、深々と突き刺さる。内臓や血管を切断し、長い苦痛をもたらし、大量の出血をまねく。

 トンプソンの知っているアリゾナのある警官は、自分が撃たれたら絶対に死ぬと確信していた。実際に撃たれたとき、被弾した箇所は腕の付け根だったにもかかわらず、警官は死んだ。「致命傷ではなかったんだ、マーク。分かるか?」トンプソンは言った。「アイツは自分が死ぬと思い込んでいたから、死んだんだ」

 情けないことに、マーカスはナイフに対して、アリゾナの警官と同じだった。

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