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「ほかに打つ手はなかったんですか?」
生活のために銃を携帯する必要のない者たちは、人を殺した警官にそう尋ねる。マーカスも例外ではなかった。
出来ることなら、そういう連中にも理解できそうな、銃絡みでない話で説明してあげたいと、マーカスは思った。だが、それはどんなに頑張っても無理だった。銃に例えられるものは、何ひとつなかった。
「あきらめろ」ギルモアが言った。「どうせ無駄だよ。兵士だったら、分かってくれるだろうがな。たぶん、消防士も医者もだ。だが、やつらの仕事は人命を救うことであって、奪うことじゃない」
「警官だって、人命を救ってる」マーカスは言った。「いつだって」
ギルモアは首を振り、吸っていたタバコを灰皿に押しつぶした。
「世間はそう見ないんだよ、マーク。おれたち警官が人を撃ったときは」
マーカスは話題を変えた。ギルモアも本当は分かっていない。マーカスより14歳年上で、警官歴も11年長いが、ギルモアは誰も殺したことがないし、職務中に銃を発砲したことさえない。ただの一度もだ。ギルモアはそれを誇りに思っている。
マーカスは自分の住んでいる場所、生家が好きだった。ある事情で一度手放した後、貯金してまた買い取った。ショットガンハウスと呼ばれるウナギの寝床式で、30年代の公共事業促進局による計画のもとで建てられた。地域の住民は大半がブルーカラーだ。すぐそばに高級住宅街があるが、誰もがザ・ボトムズ、《どん底街》と呼ぶ。
同僚の警官たちからは「あの地区に住むなんてどうかしてるぞ、なんでそんなところに家を買ったんだ」と、よく言われた。
「あそこじゃ、番犬は一睡もできないだろ」トンプソンが言った。「ガサ入れに行くような場所に住むべきじゃない」
発砲事件の後、マーカスは仕事から戻ると家の玄関の踏み台に坐り、ダウンタウンのスーパーでレジ係をしているキャシーの帰りを待ちながら、何が起こったのかについて、さまざまな角度から調べている。うずく歯を舌で突っつくように、記憶を現実と徹底的に照合させていくのだ。
あの夜、犯行現場に到着した刑事たちは透明のビニール手袋をはめてから、ジェフリー・ホーガンに触れた。死体の上に群がり、ぐったりした死人の指をインクパッドの上で転がして紙に押しつけた。鑑識が銃創の射入口と射出口、地面に落ちているマーカスの銃の薬莢、そして死体を写真に撮った。その後、計測メジャーと証拠品を収めるビニール袋を取り出した。
そばに、年配の刑事が立っていた。キャシディとかいう名前だ。キャシディが、マーカスを見て言った。
「君の方が、血まみれだな」
マーカスは肩をすくめた。
「蘇生を試みましたから」
キャシディは鼻を鳴らした。
「蘇生だって?正気か、ブラッドリー?よくこいつの胸に手を突っ込めたな。こういうやつらは病気を持っているんだぞ。あとで検査してもらったほうがいい」
ジェフリー・ホーガンを2発続けて撃つ寸前、時間が止まった。継ぎはぎだらけの芝生の上でぶざまにぜいぜい息を切らし、マーカスの全神経はトリガーにかかった指に集中していた。音はなく、聞こえるのは互いの息づかいだけ。重々しく吐く音と吸う音。やがて、ホーガンが何か言ってまた一歩進み、マーカスはトリガーを引いた。2回。
人々はマーカスが警官だと分かると、こう訊きたがる。
「銃を使用したことは?誰かを殺したことは?」
マーカスは首を振る。
「いや、誰も殺してないね」
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