吹奏楽部

トランペット吹きの事情①

赤の他人の男女間にある感情の中に、友情、恋情、仲それ以外の感情が伴うとすれば一体なんだろうか。

男女間の友情はあり得ない、という意見もあるかもしれない。

しかしその意見に対する、百パーセントの答えを俺は持っているし、おそらく俺の目の前でコーヒーを淹れている少女だって同じ答えを返すだろう。


さざなみ君は、桜坂さくらざかさんと付き合うべきだと思うけれど」


 などと言う岡里おかさと沙凪さなぎと、


「お姫さん、それ何回目?」


 俺、漣悠一郎   ゆういちろうの関係は、男女間にありえないとされている友人同士だ。何だったら彼女は俺のことを「親友」と称してくれるときだってある。

 

「何回だって言いたくなるよ。きっと君の仲間たちだって同じことを言う」

「そんなもんかね」


 もちろん、それが成り立っているのには理由がある。岡里沙凪には恋人がいるのだ。

その恋人と付き合うきっかけを作ったのは俺で、その縁があって俺たちは友人関係でいる。


 はい、と手渡された青のコーヒーカップは、俺専用のものらしい。

 ここは学校の図書室の廃棄本を集めた閉架倉庫。

 本来司書の先生から許可をもらう図書委員しか入ってはいけない場所だが、どういう方法を使ったかは想像もつかないが、彼女は特別に許可をもらって昼休みと放課後、コーヒーを飲む部屋として使用している。今年の四月にそれを知ってから、俺もちょくちょくここにコーヒーを飲みに来るようになった。

 火気厳禁なので電気コンロの使用。コーヒーは一滴たりともこぼしたりしないことを誓っているらしい。ちなみに氷は保管できないので、年中ホットコーヒーなのが辛いところではある。


「桜坂と俺はそういう関係じゃないの。ちょっと前のお前らと同じ」

「それだとどちらかは、片思いをしていることになるけど大丈夫かい?」


 何も大丈夫じゃなかった。彼女はどうにも無意識に嫌味な言動で人の揚げ足を取る。


「姫さん……」

「? ああ、ごめん。悪気はないよ」

「知ってるけどさ」


 俺がそのことを訴えるように言葉を発すると、彼女も気づいたのかすぐに謝る。しかし、悪気がないからこそ、なおのこと悪い気がする。


「俺等は確かに夫婦みたいな感じかもしんないけど」

「自覚はあるのかい」

「まぁね」


 彼女曰く「桜坂さん」、フルネームで桜坂莉玖  りく。俺と一番仲のいい女子、ということになるのだろう。

 俺と同じ吹奏楽部で、同じ楽器を演奏している。俺と一番音の相性がいいのは彼女だし、彼女にぴったり合わせられるのは俺しかいない、その自負はある。しかし、それが恋愛感情を伴っているかと問われれば、否定の意味のある言葉しか口にはしないだろう。

 「あれとって」と言われれば、「あれ」が何を意味しているかを理解できるとは思っているし、桜坂がイライラしていれば、それを宥める方法も熟知している。「夫婦だ」と言われてもおかしくはない。

 けれど、同じパートに女子は桜坂だけかと言われるとそうではない。


城咲しろさきは?」

「あの子は彼氏がいるじゃないか」

「あ、そ」


 どうやら彼氏がいる子がそっちと別れて俺と、というそんな少女漫画みたいな展開は皆望んでいないらしい。彼女がそんな低俗な人間だとは言わないけれど、しかしそれにしたって。


「城咲さんと君はリーダーと副リーダーの関係以外にないだろう、と一目でわかるよ」

「……じゃあ桜坂は?」

「うーん、「なんで付き合わないんだろう」?」

「同じやないか」


 つい関西弁になってしまった。堂々巡りだ。

 「なんでそう思うの?」と聞いたところで、「やり取りが夫婦だから」としか返ってこないのだろう、と考えてはいたけれど、口から零れ落ちていて、それはしっかりと彼女に届いていたらしい。


「何か、こう、通じてるものがあって、二人にはそれで男女の友情とか、相棒感とか通り越して夫婦みたいに見えてるんだと思う」


 意外と真面目に答えが返ってきた。

 追加で、「何か漣君は桜坂さんに優しい」と言われた。

 そう見える理由があるとするなら、心当たりはある。多分それが「通じるもの」があるという風に見えているのだろう。


 俺と桜坂の共通点、一か月ほど前、俺は姫さんに失恋して、桜坂は姫さんの彼氏に失恋したのだ。

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