小さな役者に五分の魂④

オギはずっと、私に付きまとってきた。

 いや、ストーカーとかそういうんじゃなくいけど、私を見かければ犬みたいに寄ってくるし、いつも「可愛い」って言うし、私がやりたいこと先にやってたり、やって欲しいこと先にやってたり、


「ストップ、美仔」


 昼休み。食堂での昼食中、友人に「演劇部のメガネ君とはどうなの」と聞かれたので、答えていたのに止められた。


「惚気を聞きたいんじゃないのよ」

「惚気じゃないわよっ!!」


 どちらかというと愚痴のはず、だったのだけど今思い返せば後半は褒めている。


「ごめん」

「分かればいいの。私はてっきり「告白された」って報告が来ると思っていたの」

「なんで?」

「なんで、って。あなた正気?」


 友人の頭にはてなマークが見えた。

 綺麗に引かれたアイラインがよく見えるくらいに、目が大きく開かれている。


「正気って、だってあいつは小さい子が好きなだけでしょ? あんたと同じ」

 

 昔からその手の人間には好かれる。友人もその一人で、「自分より身長の低い人間は無条件にかわいく見える」という変わった考えの持ち主だ。


「……なるほど」

「なるほどって何?」

「いえ。別にうちのお姫様は鈍感なのね。ねぇ、オギくん?」

「えっ」


 後ろを振り向くと、トレイを持ったオギが私を見下ろしていた。一緒に来ていた演劇部の男子もいる。


田原たはら君。何してるのこんなとこで」

「おはようございまっす、美仔先輩。教科書忘れたんでオギに借りに」

「ロッカーん中入ってるんで、勝手にもってってくれていいっスよ、騎士様」


 あの奏君が王子役に決まった劇で、騎士役を演じるのがこの田原君だ


「やぁめろよなー」

「あら、田原くんが騎士役なの?」

「あ、え、く、久留米くるめ先輩!」


 田原君が挙動不審になる、友人に気づいたからだ。

 友人は本当に美人だ。演劇部に一度スカウトしたのだけれど、「目立つの嫌いなの」と断られてしまった。モデルにだってなれるだろうに。

 日本の男性だったら好感が持てるだろう、綺麗な黒髪ロングストレートで、前髪は眺め、細くきれいに整えられた眉の下には、長い睫に守られた黒の瞳が光っている。


「さっきからいたのだけど、気づかなかった?」

「す、すいません! あの、オギ、またな!」

「はいはーい」


 まぁ普通の男子高校生が敬遠するくらいには美人だ。

 田原君が食堂の出口へ走っていくのを見送って、オギは許可を出してもないのに空いていた私の隣の席に座る。トレイにはカツ丼とお味噌汁、それからプリンが乗っていた。

 うちの学校でしか取り扱ってない訳ではないけれど、コンビニより値段が数段安いので人気のプリンは、昼休み始まってすぐに買わないと売り切れてしまう人気商品だ。私は食べたことないけど、おいしいらしい。


 別に欲しくて見ていたわけではないけど、オギの手がプリンを私の前に置いた。


「何よこれは」

「センパイのために買ったんで、あげるっス」

「あら紳士的」

「別にいらないわよっ、自分で食べれば!?」

「オレ、甘いのダメな子」


 はい、とプラスティックスプーンを渡してくる。


「ダメな子って何よ、可愛い子ぶってんじゃないわよ!」

「えー、オレ可愛くないっスか?」

「ぜんっぜん!」


 悲しいっスねぇ、なんて一つも悲しくなさそうに言って、両手の親指で挟んで、手を合わせ、味噌汁を啜った。


「あら、私は可愛いと思うわよ? オギ君のこと」

「どこが!?」

「えー、ほんとっすかぁ、うっれしー」


 とはいえ社交辞令と理解はしているのか、学校一の美人に言われても特に気にすることなくオギはカツにかぶりつく。友人はこちらを見て微笑む。何か意味があるように見えなくはなかったけど、私は美人だなぁとしか思わない。


「可愛い後輩じゃない。犬みたいになついてくれるって。私にはそんなのいないもの」

「センパイは美人だから、皆気後れしてるだけっスよ」

「あら、ありがとう」

「どういたしましてー」


 なんだこの社交辞令のオンパレードは。

 若干イライラしたので、目の前にあったプリンを食べてやった。それをオギは満足そうに見てたけど。


「センパイ、おいしい?」

「おいしいのはあんたのおかげじゃないから! 業者さんのおかげなんだからね!?」

「わかってるっスよー。あー、もうセンパイ可愛いなぁー」


 頭を撫でようとするな。私は犬や猫か。

 

「このロリコンがっ!」


 そう言って私が伸びてきたオギの手を払うと、恍惚とした顔は一瞬、唖然とした顔に変わる。しゅんとした、というのか。多分犬の耳がついていたら捨てられた犬に見えたと思う。そんな表情だった。


「何スかそれ!! オレそんな風に思われてたんスか!」


 あ、違った。これただ拗ねただけだ。


「違うの?」

「ちっがいますー! オレは、普通に小さい子が好きなんス。年齢じゃなくて身長が。で、「ちっちゃいねー」って言ったら、「小っちゃいって言うな!」って反発してくれる子がいいんス」

「分かる、その気持ち、とてもわかるわ、オギ君」

「あざっす!」


 なんなの、この同盟は。

 学校一の美人とおそらく学校で底辺にいるだろう男子が、結託していた。

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