小さな役者に五分の魂③

「そういえば、美仔先輩とオギって結局付き合ってるんですか?」

「断じて違うから!」


 奏君が休憩中にちょくちょく私と話してくれるようになってから、一週間ほど。

 王子役はほぼ完成に近づいていた。その割には姫役はトチってばかりで、ただいま姫役訓練中、と言った形。

 奏君は暇なので、と私たち大道具係を手伝ってくれたりする。


「センパイがオレの求愛を受け入れてくれないんスよ。ひどくないっスか?」

「オギは前髪切ったらイケメンなのにな」

「またまた、奏君も冗談がうまいっスねぃ」


 「オギ」、「奏君」そう呼び合うようになった二人は、演劇部内では仲がいい。

 そして、オギが私と同じ班でよく一緒にいるので、三人ワンセットという構図が演劇部では見られるらしい。私は見られている側なのでよくわからないけど。


 奏君がオギの目を見たことあるという話でしばらく盛りあがった。

 もちろん手は止めていない。


「ねえ、美仔先輩もそう思うでしょ?」

「私、オギが前髪上げたところ見たことないわ」


 思い返せば一年の時から、前髪が長くてメガネをかけていた。

 身長は高い方だと思うし、スタイルも悪くないとは思うけど、でも前髪上げてイケメンなオギが想像できなさすぎる。


「ちょっと前髪上げてみてよ」

「うわ、興味示しちゃったっスよ。どうするんスか奏君」

「知らねえよ。上げてみれば?」

「いや、えっと」

「なによ、ダメなの?」


 そう聞けば、困ったように笑うオギ。


「そうっすねー、センパイが可愛くおねだりしてくれたらいいんスけどねぃ」

「なるほど」

「え?」


 可愛くおねだりというのはどうしたものだろうか。

 奏君が、こっそりと私に耳打ちする。このセリフを言えとのことらしい。


「オギ!」

「はい!」


 腕組み、視線は斜めに、呼吸を整えて、せーのっ!


「か、勘違いしないでよねっ、あんたのためじゃなくて私が見たいだけなんだけだからねっ!」

「そうでしょうねぃ!」


 アニメキャラがやっていた仕草まで完璧に再現したけれど、オギは至極まっとうなツッコみで返してきた。

 私も、奏君もそう返すと思っていた。ので、


「可愛くなかった?」


 首をかしげるというおまけつきで、上目使い。

 このコンボで落ちる、と奏君も確信を持っていた。


「ああああ!! それ、それずるいっス! センパイが可愛くない瞬間なんてないのに!」


 ちなみに「可愛くなかった?」までが奏君が考えたセリフだ。

 とりあえず私の後ろで控えていた奏君とハイタッチ。


「でも奏君は見たことあるっスから、良いっスよね。じゃあ、センパイこっち」


 手招きされた方へ行く、そのまま背景の裏にまで連れて行かれて、しゃがみ込まされた。背景の裏には人がすっぽりと入る場所と壁しかないので、誰からも見られない形にはなる。


「そんなに見せるの嫌なの?」

「前髪で目隠ししてるキャラは、簡単に前髪見せちゃダメって決まってるんスよ」

「何の話?」

「世界のお約束の話っス」


 そういいながら、オギはメガネをはずして、すっと前髪を上げた。

 今まで合わなかったけど、でも合っていたような気がしていた目が、今初めてしっかりと、合う。


 吊り上った目、瞳は真っ黒で、でもどこか優しい。


「普通っしょ?」

「どっちかっていうと、ちょっと怖そうね」

「そうなんス、それで前髪長くしてたんスよ」

「ふぅん」


 前髪長いのも怖いと思うけど、それは突っ込まないでおいた。

 

「これはこれで、センパイがよく見えるからいいんスけどね」

「あっそ。もういいわよ」

「ちょっとは演技なしに可愛くなってくれてもいいと思うんスけど」


 少しため息を吐きながら、オギは前髪をおろし、メガネをかけた。

 いつものオギに戻る。


「高校卒業したら片目だけ隠せば? いたでしょ、そんなキャラ」

「いたっスねぇ。検討してみるっス」


 そういえば、オギは高校卒業後、どういう風に進むのだろう。

 何かやりたいことがあるのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。

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