二.

 自宅に帰り自室に入ると、蓮子は鞄を机の上に置く。と同時に、お紺がするりと襟から肩を伝って蓮子の前に顔を出した。蓮子はそのことにもう慣れてしまい、驚くことなくキャスター付きの椅子に座って一息ついた。お紺はその目の前に立ちはだかるかのように、机の上に降り立った。

「どうしたの?」

「どうしたの? じゃないよ! あたいの言葉を完全に無視しちゃってさ!」

 お紺はつぶらな瞳をきっ、と吊り上げて連子を睨みつけた。だが、全く威圧感も、ましてや怖くもない。

「え、何か言ってたっけ?」

「言ってたよ! 『最近強い妖気を二つ感じる』って!」

「そうなの? …それがどうかしたの?」

 蓮子はお紺が何を言いたいのかさっぱり要領が掴めず、思わず首を傾げる。お紺はフン、と怒り半分、呆れ半分に鼻息を荒くした。

「つまり、その二つの妖気は若菜が言ってたかっぷるのものかもしれないってこと! あんたも若菜も、最近までそのかっぷるの存在を知らなかったんでしょ? それって妙なことだと思わない?」

「んー…その二人が最近付き合い出したら、まずカップルだってこと知らないでしょ?」

「問題はそこじゃないのさ。あたいが強い妖気を感じたことだよ。もしかしたら、そのかっぷるとやらは妖怪かもしれない!」

「…それはまずいことなの?」

「あんたねえ…」

 お紺は全く危機感の無い蓮子に対し、ため息を吐くしかなかった。

「あんた! あんたの役目忘れたの!? あんたとあたいは、あやかしの里の見聞役! 人間の世界で何かあったら神野様にお知らせする係!」

「…ああ!!」

 蓮子は自分の役目をすっかり思い出してしまった。〝珠桜の狂い咲きと少女の霊の騒ぎ〟以来、自分の仕事が無かった為に、自分の役割さえも失念してしまっていたのである。この会話を聞かれれば神野は笑って許してくれるかもしれないが、鏡花は五臓六腑全てが凍り付きそうな視線を寄越してくるに違いない。想像するだけでもぞっとした。

「はあ…だから、その二人が妖怪で、悪さでもしようものなら監督不行き届きであたいたち、絞られちゃうかもしれないでしょ! だから、その二人と強い妖気が関係するかどうか調べなくちゃいけないのさ!」

「うん…確かにそうだね…」

 蓮子は何度も小刻みに頷いた。せっかく助かった命であるのに、文字通りに絞られるのは避けたい。

「でもさ、その二人の名前どころか、顔もよく分かんないんだよね。それに、妖気も私は分かんないし…」

「妖気はあたいが探すよ。あんたは若菜を頼りにその二人を探してみてよ」

「わ、分かった…」

 なんとも大雑把な作戦会議は終わり、思いがけず蓮子はお紺と共に再びその男女二人に関わることになってしまった。

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