六.

 太権が落ち着いたところで、皆は座ってお茶にする。ギンは太権の腕から肩へ移動し、時折ゆるく尻尾を振っている。

「…なるほど、この里はこんな風になっているんですか」

 神野から更に詳しく里のことを聞いた太権は、そう答えた。

「本当は人間は一切立ち入り禁止なんだ。だが、お前は飯綱使い特有の妖力を持っている。だから中に入ることが出来たんだ」

 神野は愛用の煙管をふかし、紫煙をたゆたわせていた。

「良かったね、飯綱君。パートナーが見つかって」

「ああ、ありがとう。それに君も管狐を持っているから、飯綱使いとしても仲間が出来てめっちゃ嬉しいよ!」

「しかし、先刻は危なかったな。飯綱使いだが使いの狐がおらず、力が未知数であったから、本当にお紺をお蓮から離して互いにぽっくりいっていたかもしれん」

「そっ、そんな恐ろしいこと言わないで下さいよ!」

 蓮子は背筋が寒くなるのを感じながら、首を激しく横に振った。

「いや、本当に…あのときは本当にごめん、蝶野さん…」

 太権はしゅんとしながら頭を垂れた。

「気にしないで! 結果オーライだし! 同じ狐持ちとして、これからもよろしくね」

「えっ、いや! こちらこそ!」

 太権は蓮子の言葉にはにかみながら答えた。そのとき、柱時計がボーン、ボーンと六つ鳴った。午後の六時である。

「あ、そろそろ家に帰らないと」

 蓮子は柱時計を見て、時間を確かめた。

「俺もお暇します。早く家に帰ってギンを紹介しないと!」

 蓮子と太権はほぼ同時に立ち上がった。

「そうか、また二人とも来てくれ」

 神野は煙管の灰をそこで落とす。

「野郎はあんまり歓迎してないけど、あんたは別だよ。また来てくれよな! 蓮子ちゃん共々ゆっくりこの里を案内するぜ」

 天之助は笑顔で言った。

「ああ、もっとじっくり語り合おう!」

 太権は天之助と軽く拳同士をぶつけ合った。



 神野から外界へ出る出口を作ってもらい、そこを抜けて蓮子と太権は外へ出る。太権は急ぎ足で家に帰り、家族を招集した。そして、ギンを自慢げに紹介する。

「まあ! …本当に、ようやく管狐を手に入れたのね!?」

「これで…これで飯綱家は安泰だ!」

 父と母は涙ぐみながら震え、喜んだ。

「う、嘘でしょ…!? そんな突然…」

 一方、二人の姉たちは「信じられない」と呆然とした。

「本当だっての! これでもうバカにすんの止めろよな! …それと、今までさんざんコケにしてきてくれた礼として、お前らの彼氏に元彼のこと話してやるよ!」

「やめろ! このバカ弟があ!!」

 姉二人は青筋を立てて太権に詰め寄った。―飯綱家はその日、歓声と怒声が交互に飛び交ったのであった。



 その翌日、蓮子はいつも通りの時間に登校し、教室に入る。すると、若菜を中心とした友人たちがひそひそと話していたかと思うと、にやにやと蓮子を見た。

「おはよう! 蓮子!」

 若菜たちは楽しげに挨拶をしてきた。

「お、おはよう…何かあったの?」

「いやー、蓮子にもついに春が来たのかと思うと嬉しくて…」

「え? 一体何のこと?」

「嫌だなー、昨日、中庭で男子に告白されてたでしょ!? それに慌てて帰ったのは、その彼氏と会う為だったんだよね!?」

「え、えーっ!?」

『…どうやら太権のことらしいね』

 お紺が蓮子にそう囁くと、蓮子は激しくかぶりを振った。

「ち、違うよ! 告白もされてないのに彼氏なんていないって!」

「またまたー!」

 それから程なくして、太権も友人たちから誤解され、二人で火消しを暫くするハメになってしまったのであった。

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