五.
火車は境内の裏に回り、鬼灯の道へ入る。もとい、突っ込んだ。神社の方はやっと日が沈み始めた頃だが、この道は外界より更に暗い。
「…何だ!? 鬼灯が光っている!?」
太権は驚愕した。有り得ない道に有り得ない現象。ただ戸惑うばかりである。
「この道にある鬼灯は、この火車と同じように鬼火を宿しているから光るんだ。まさに鬼の〝提灯〟だな」
神野は笑みを浮かべながら説明した。
「なるほど…。あ、そう言えば初めてここに来たときの、ここにいたお婆さんは?」
「ほおずき婆さんには既に許可を取ってある。鬼火が輝いているのはその証拠だ」
『もしかしてあのお婆さんって、鬼灯の精ですか?』
お紺が神野に尋ねる。
「…というよりは山の妖怪と鬼灯の精とのハーフだ。だから山道…この里にある〝比熊山〟の支配も出来たりする」
「へえー、あのお婆さんってそうだったんですね」
蓮子は里に関する一つの謎が解け、すっきりしながら頷いた。一方太権は、何も言葉を発せないまま蓮子とお紺、そして神野の会話を聞いていた。
(何でこいつら平然と話してるんだ…!? 相手は魔王だってのに…。っていうかこれ、火車なんだからまさかこのまま地獄行きってことは無いだろうな!?)
「お、そろそろ里が見えて来たぞ」
神野の言葉に太権ははっとする。目の前からは橙の色味がかった光が見えて来た。火車はそのまま光の中へ突入する。
「…はああ!?」
太権は光の先に見えた風景に我が目を疑った。そこには今昔が混在する街並みがあった。提灯が照らす街に跋扈、ではなく闊歩するのは妖怪たちである。
「なっ、何だここ!? 妖怪だらけじゃねえか! あ、ろくろ首! 釣瓶落としが今井戸にいた!? 狂骨なんて何食うんだよ!?」
「歩く妖怪図鑑か、お前は」
存外冷静に妖怪たちを見ている太権に対し、神野はツッコミを入れた。
「…ここは人間界に居場所を失くした妖怪たちが住まう里。お前が求めているものもここにあるかもしれんぞ」
「…それはどういう…?」
「俺の屋敷に着けば分かる」
火車はそのまま山の麓にまで行く。その途中でも鬼灯が群生しており、街灯の役割を果たしていた。流れて行く鬼灯の光を眺めていると、大きな提灯が灯る巨大な門の前に着いた。火車はゆっくりと止まる。
「でっけえええ!!」
太権はデカデカと書かれた〝悪〟の大門に圧倒される。
「ご到着ー。ご利用ありがとうございましたにゃー」
虎丸はゆっくりと火車の荷台部分を下ろした。蓮子たちは続々と降りて行く。
「虎丸、業務外なのにありがとうな。また荷物の配達もよろしく頼むぞ」
「はい! これからも〝火車の特急便〟をごひいきにー!」
神野たちにぺこりと頭を下げると、虎丸は火車を引いて猛スピードで門の前から去って行った。
『お帰りなさいませ、神野様。蝶野様と、もう一名お客様がいらっしゃるんですか?』
「うわっ、門が喋った!? …付喪神か?」
「よく分かったな。さすが歩く妖怪図鑑。さ、開けてくれ」
『はい、かしこまりました』
門はそう答えると、付喪神の門はゆっくりと開いた。皆は門をくぐって中に入る。太権はおっかなびっくりし、あちこち忙しなく首を動かしている。そのとき、お紺がひくひくと鼻を動かした。蓮子はそれに気が付く。
「どうしたの? お紺」
『いや…この匂いもしかして…と思ってさ』
「鏡花! 今帰ったぞ!」
蓮子の問いかけは神野の声によってかき消された。上り框の上では、鏡花と白玉・杏仁が三つ指をついて出迎える。
「お帰りなさいませ神野様」
「「おかえりなさいませー!」」
鏡花の後に続いて白玉・杏仁が元気よく挨拶する。蓮子はもう慣れたが、一方で太権は怪訝な表情をしていた。何かと思い、蓮子は尋ねてみる。
「あの…どうしたの?」
「…いや、ここの女の子たち、妖怪だろ? それも化かすのが上手い、狐か何かの…」
「まあ、さすがは飯綱使いの方。よくお分かりになりましたね。私は気狐の鏡花。この二人の女子は猫又の子猫です」
鏡花は淡々と答えた。
「凄いな…。妖狐の化けた姿は初めて見た」
太権は鏡花の美しさに見惚れた。
「鏡花、奴はもういるのか?」
「はい。天之助が客間に連れてきました」
「そうか。では、早速この飯綱使いを案内しよう」
神野に続いて蓮子たちも屋敷の中へ上がる。長い長い廊下を歩き、豪華な客間の襖の前で足を止め、中に入る。
「あっ、神野様お帰りなさいませ! 蓮子ちゃん来てくれたんだー!!」
天之助は以前会ったときと変わらぬ調子であった。
「おう天之助。こちらが飯綱使いの者だ」
「…まだ狐いませんけど…」
小さく太権は自虐的にそう呟いた。そして、天之助を見る。
「このイケメンも何かが化けているのか?」
「テンだ」
「テン!? 化かしが一番上手い奴じゃないか!」
「えっ、あんたテンのこと知ってんのか!?」
太権の言葉を聞いた天之助は、目を輝かせる。
「ああ、妖怪については詳しい方だけど…」
「本当か!? いやー、テンのことを知ってくれている人間には久しぶりに会ったよ! 何せ日本人は狐狸が特に好きで、テンのことは見向きもしないで…」
「それなら俺もだよ! 飯綱使いって皆に言っても『何それ?』で返されるし、陰陽師とか坊さんとか神官の方がメジャーで…」
マイナーな者同士話が合ったのか、太権も天之助も互いに嬉しそうであった。マイナー談義に火が付きそうなところで、鏡花がコホン、と咳払いをした。
「天之助、そろそろ例のモノを出しなさい」
「あっ、ごめん鏡花ちゃん! ほら、そろそろ出て来いよ」
天之助が袖に向かって話しかけると、白い毛並みの小さな狐がひょっこりと顔を出した。その瞬間、太権は驚きで言葉が出ず、その場もしんとなる。
「く…管狐…?」
蓮子がまず声を出した。
「おっ、そうですよ。わっちは管狐のギンでやんす。オスの管狐だけど…御嬢さんが連れてるのは女の子の管狐かい?」
『そうだよ、よく分かったね! っていうか、仲間に会うのは久し振りだよ!』
「それはわっちもだよー」
ギンとお紺は和やかに離し始める。太権はゆっくりと神野の方を見た。
「あ…あの、どうして管狐が…」
「いや、この間な、お紺の仲間がいないかどうか山で探してみたら、竹林にこ奴がいてな。事情を話して連れて来たんだ。そしたら程良くお前がさっき見つかってな。ギン、この者が飯綱使いだ」
「えっ!? やっぱりその兄ちゃんが!? いやー飯綱使いなんて何十年も見かけてなかったからいなくなっちまったのかと…」
そこでギンは天之助の袖から飛び出して、太権の腕に飛び乗った。
「あんさんがわっちを使役する飯綱使いですかい?」
「あ…ああ! 俺の名は飯綱太権だ! よろしくな!」
太権は初めて管狐を手に入れたことに喜び、嬉しさのあまり半ベソになって声が震えていた。
「おいおい、男が泣くんじゃねえよう」
「わ、分かってるよ!」
太権は慌てて開いている方の腕で出かけていた涙を拭った。
「これで、一件落着だな!」
神野は微笑みながらそう言った。
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