二.

 『ねえねえ、もう三日も里に行ってないよー? そろそろ行こうよー』

 朝の登校途中、不意にお紺が襟から顔を出したので、蓮子は慌てて近くの塀の陰に隠れなければならなくなった。

「今度の休みに行くつもりだから大丈夫よ。それより急に出て来ないでよね! びっくりしちゃうじゃない」

『えー、だってまた里に行きたいんだもん』

「でも、特に報告することもないでしょ?」

『特に何も無くても来て良いって神野様が仰っていたじゃない! ねー、行こうよー』

「平日は時間の関係上難しいの! 友達付き合いだってあるし、宿題も予習復習もあって学生は忙しいの! 何もしてないあんたには分かんないでしょうけどね」

『何ですって! あたいだって、これでも昔は飯綱使いの元で汚れ仕事までやってたんだからね!』

「でも今は私の一部で、使役されてないでしょ」

『そりゃあ、そうだけど…』

「とにかく、里には休みの日に行くから、あと二日我慢してよ! あ、もうこんな時間じゃん! はい、引っ込んだ引っ込んだ。私はこれから学校があるんだから」

『ちえっ。大して勉強なんてしてないくせに!』

 お紺は捨て台詞を吐いて蓮子の体の中へ入って行った。蓮子は足早に物陰から出ると、周りに人がいないことを確認してから学校に向かった。



「……何だ、今の…!?」

 偶然角の前でひそひそ声が聞こえたと思ったら、感じたことのある気配がして太権は足を止める。すると、妙に甘い少女の声が聞こえ、会話が始まる。すると、その会話の中から〝管狐〟という単語が出て来たので、太権は慌てて近くにあった電信柱に身を隠し、今に至る。出て来た女子生徒は横顔と背中しか分からなかったが、確かに狐憑き特有の気配を感じた。彼女は管狐に取り憑かれている―太権は確信に近いものを得た。上手く行けば、あの女子に取り憑いている管狐を祓い、こっちへパートナーとして迎え入れられるかもしれない。太権は今まで管狐こそ見つけられなかったものの、飯綱使いとしての術は一通り熟知している。まずは同じ高校の女子生徒の素性を調べる為に、こっそりと後を追うことにした。

 生徒だらけの人ごみの中で太権は何とか女子生徒を見つける。当然ここは人だらけなのでバレてはいないが、問題は校舎に入った後である。自分は一年生であり、もし彼女が二年か三年の先輩である場合、後を追うと周囲から不審がられる可能性が大であり、追跡出来なくなる。太権は彼女が一年生であることを祈りながら尾行する。彼女は階段を上り、最上階に位置する一年生の教室がある方向へ足を向けた。太権はほっとしながらギリギリまで彼女を追う。彼女は1-2の教室に入った。太権はそこから歩みをゆっくりさせ、彼女の素性を更に探ってみる。彼女はボブヘアーの女子と会うなり会話を始めた。残念ながら会話の内容は、始業前の喧騒で聞き取れない。

「よう! 太権!」

 太権はそこで声を掛けられ、びくりとする。声を掛けて来たのは友人の達也であった。

「お、おう、早う」

 太権は動揺を悟られないように挨拶をする。それからは達也に合わせて自分の教室へ向かうこととなり、追跡は一旦中止である。だが、彼女が1-2の生徒であることは判明したので、収穫はあった。



 それから1時限目から4時限目、そして昼食の時間となったが、一向に管狐のあの彼女の情報は何も得られなかった。移動教室の度に姿を探ろうとしたが、結局彼女の姿は見つけられなかった。

「なんかお前さ、今日やたらあちこちどっか見てねーか?」

「は?」

 購買で買ったパンとウーロン茶を片手に昼食を取っていた太権は、相伴していた達也に指摘され、内心ひやりとする。

「あー、そうかもなー。いつも以上に落ち着きが無いっていうか」

 もう一人の友人の章介も達也の話に同意したので、いよいよまずい、と太権は焦り始める。

「そうか? 気のせいだろ」

「いやいや、お前、自分が思っている以上に挙動不審だぞ」

 達也は太権の言い分を否定する。すると、章介が、

「あっ、分かった! お前好きな子でもできたんじゃねえの!?」

 と、とんでもないことを言い出した。

「なるほど! だからあんなにそわそわしてたのか!」

 達也もそれにのっかり、事態はややこしいものとなる。

「はあ!? 何言ってんだよちげーよ!」

「照れんなって! どの子だよ?」

「そういやこいつ、朝に1‐2を物色してたぜ! その中の子か? なあ?」

 太権はさらに否定しようとしたが、逆にその話を引き伸ばし、拡げようとするのはこの二人の性格からして容易に想像できた。ここはもう、素直に目的を話した方が話しは収まるかもしれない。

「あのな。そういうんじゃなくて、ほら俺、飯綱使いの家系だろ? だからこの学校で狐の礼の気配を感じたんで、その気配の主を探していたんだよ」

 そう話すと、二人は釈然としない表情になる。

「そういや前にも話してたけどよ、飯綱使いって結局何なんだ?」

「狐限定で操るんだっけ? でも、お前のそういう場面見たことないよな」

「だから、それは今俺が使役する狐を持っていないからであって…」

「どうやったらその狐とやらを捕まえるんだよ?」

「油揚げで釣ったりするんだよ」

 達也の疑問に勝手に章介は冗談めかして答える。そこから友人二人の話は、してもいない恋愛話から逸れたものの、今度は狐の話で盛り上がり、飯綱使いがしっかり認知されずに太権はため息をつくのであった。

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