二.

 どれくらい暗闇の中にいただろうか―光と物音、温かい空気に、日との声が時折聞こえて来た。

『さあ、あんたは無事現世に戻れたよ』

 お紺の声が響き、蓮子はゆっくりと目を開けた。

「…蓮子!?」

 次に母の声がする。それから次々と、母、父、祖父母が蓮子の顔を覗きこんだ。良く漫画やドラマなどで、倒れたキャラクターの目線で目を覚ますとき、心配した親や友人などの顔が視界に入って来るシーンがあるが、まさに今、自分も同じ体験をしていた。

「蓮子、分かる!? お母さんよ!!」

 母は涙ぐみながらそう語りかけて来た。

「…うん」

 出した声は少々掠れていた。嗅覚も戻り、あまり馴染みのない病室特有の消毒液と何かが混ざった臭いも分かる。一方で蓮子が目を覚ましたことに皆は喜び、珍しく父が泣いている姿まで見られた。なんとなくまだボーっとした感覚を引きずりながら動かせる範囲で周囲を見回してみると、自分の腕には点滴、胸の上からは管が繋がっており、心音を知らせる機械などが置かれていた。

「あー…えっと…私、一体どうしたの…?」

「あんた、学校の帰りにトラックにはねられたのよ! そこから手術して、それでも意識不明のままで…一昨日は親戚の皆に伝えなきゃいけない程の危篤状態だったのよ!」

 涙声で母は蓮子の身の上に起こったことを話した。その危篤のときは、恐らく彼岸花の花畑にいた頃だろう。自分は無事、三途河付近から生還したのか、と蓮子は冷静に思った。

 それから蓮子の病室には医師と看護師が訪れて、蓮子の身体の具合を詳しく説明した。回答手術をした為に頭髪の一部が剃られたこと、手術後も昏睡状態が続き、一時危篤状態にまで陥ったというのに後遺症が見当たらないという奇跡、そしてリハビリや経過を見る為に最低一か月は入院が必要とのことであった。季節は夏も終盤の九月上旬。学校は二学期が始まったばかりである。ここで蓮子は〝夏休み中じゃなくて良かった〟と邪なことを考えていたのであった。

 意識が戻ってから徐々にリハビリを開始したが、一週間もしない内に歩けるようになり、担当の理学療法士を驚かせた。それだけでなく、剃られた頭髪もすぐに生えて伸び、検査でもどの項目も正常値に戻っていた。「君は代謝が良いのかな」と医師は笑いながら首を傾げていた。そのお蔭か、蓮子の退院は一週間早まった。しかし、蓮子の変化はそれだけに留まらなかった。やけに大食いになったのである。病院食は決して美味しいものではなかったが、ご飯はおかわりを要求する程である。特に味噌汁と油揚げが美味しく感じられた。以前はそれ程まででも無かったというのに。

「そりゃあ、あたいが憑依した結果だよ」

 夢の中で久し振りにお紺に会った蓮子は、目が覚めてからのことを教えるとそう言った。ちなみに蓮子とお紺はなぜか竹藪の中にいた。そしてお紺は、狐の頭に細長い胴、そして尻尾はまた狐という、けったいな姿である。やっぱり管狐って何だろう、と蓮子は夢の中でそう考えた。

「やっぱり…特に味噌汁と油揚げの消費が多い気がする! 狐の好物なの?」

「いや、そうでもないよ。肉が好きな奴の方が多いね。肉食だし。単にあたいの好みが反映されたんだろうよ。昔はそれも贅沢品だったからねえ」

「そう言えばキツネってイヌ科だったね…。そっか、やっぱりあんたのせいか…」

「別に悪いことは無いだろ?」

「まあ、私としては…体重も変わってないし…。ただ、周りが驚いているんだよねー」

「それもそうか。でも、今更コンビ解消は出来ないよ。あんたの魂の半分はあたいなんだからね」

「某薬品の〝半分は優しさで出来ている〟ってキャッチフレーズみたいな…」

「あたいの優しさだよ! ま、とにかくこれからもお互いよろしくしていこうじゃないか」

 お紺はそう告げると、場面は一旦真っ暗になった後、蓮子は目覚めた。

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